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三百五十七話

「ただいま戻りました」

「あ、おかえりなさい」

 佐川綾は、20歳になったのをきっかけに一人暮らしを始めた。両親、特に養父には引っ越し業者がいるにもかかわらず止められるほど反対された。

 しかし月に2度の帰省を約束して、始めた一人暮らし。日々の家事は大変だが、両親のありがたみを感じながらも、社会人として一人前になったようで喜びの日々を過ごしている。

 そして今日は約束の帰省の日。とは言っても、同じ都内に住んでいるためそこまで感慨深いものではない。

 ただ、誰もいない自分の部屋が寂しいという瞬間は確かにあった。

 だからこうして父が出迎えてくれるのは、嬉しい。……決して口には出さないけれど。

 高齢であるのに、自分たちのような縁もゆかりもない子供をこうして育て上げてくれた両親に、どうにか恩返しができないかと何度か旅行にも行った。

「あ~~!! お兄ちゃん、私のモンブラン取ったぁ~」

 しかし妹を見ていると、思うのだ。

 ああして娘や妹であり続けることが一番の恩返しなのかもしれないと。

 自分にはできないことだから。

「玲はショートケーキじゃないの?」

「もぉ~~!! いつの話してるの!? 私はケーキはモンブラン一択です」

「ごめんごめん。……食べる?」

「お兄ちゃんの食べかけなんていらないよ!」


 綾がリビングに行くと、義兄の主と妹の玲がじゃれ合っている。

 その姿はまるで同じ両親から生まれた、本当の兄妹のように見える。

 謝る主が、フォークでモンブランをすくって差し出している。

 むくれていた玲が、迷った挙句お皿のモンブランを強奪する場面。

 本来ならああして、兄妹の姿を見せることが良いのは理解できる。

 でも、どうしてもダメなのだ。

「兄さんも玲も、うるさい。……帰ってきたんだけど」

「お姉ちゃん、おかえり」

「綾、おかえり」

「ん。ただいま」

 意識して兄妹を演じてはみるが、どうしても自分のウソに騙されることができない。

 理由は明白なのだが。


「兄さん。妹にばっかり構ってないで結婚考えてる相手とか、いないんですか?」

「おいおい、本当に母さんや叔母さんに似てきたな。やっとうるさく無くなったと思ったのに。今度は綾か……」

 この言葉も意識して言っている。妹として。

「お兄ちゃんは私と結婚するから大丈夫だもん。ねぇ~?」

「……お兄ちゃん想いで優しい妹になったなぁ」

「だから、今度焼肉行きたい」

 かばうふりをして、おねだりする妹を見てため息が出てしまう。

 中学生になったころから、おねだり上手な娘になった妹。

 家の男性陣は、妹のおねだりから逃れるすべを知らない。

 この様子を見て、悪い女に騙される兄が鮮明に浮かんでくる。


 綾の認識ではあの筆頭が花菜だ。

 事あるごとに主を連れ出し、夜な夜なお酒を飲み歩いているらしいことは知っている。

 そのせいで週刊誌に撮られたことも。

 どういうわけか、その記事は無くなり花菜単独の記事になってはいたが、危ういことには変わりがない。

 自分たちの上には安本源次郎という、怖い大人の筆頭がいるのだから。

 兄が不幸になるかもしれないという恐怖から、いい加減結婚を視野に入れて行動を起こせと言うのが、最近の綾の口癖だ。

「玲もアイドルなんだから、馬鹿なこと言わないで」

「やだなぁ、本気じゃないよ?」

「だから余計に悪い」

「……本気じゃないの?」

「兄さん、馬鹿なこと言ってないで彼女の一人でも紹介してください」

 厳しい視線を主へと向ける。

 そんな綾を玲が強襲する。

「じゃあ、お姉ちゃんが結婚してあげれば?」

「っっっ!! れ、玲!!」

 誰にも言っていない、妹にも内緒にしていた秘密を言い当てられて綾の顔が紅くなる。


「いや、綾は無いだろう」

 そんな綾を見ずに、心無い言葉が主から出てくる。

「いくら何でも、妹に手を出す程ダメじゃないよ」

「……」

 そう、佐川主にとって佐川綾はどこまで行っても妹でしかない。

 いつでも、どこでも、どんな場面でも。

 あの日、この家に迎え入れられてから変らない主の態度。

「ええぇ~、お似合いだと思うんだけど。お母さんも最終的には仕方ないかなって言ってたよ?」

「玲、頼むから。頼むから母さんの言葉を信じないで。あの人は、本っっっ当に!! どこかおかしいんだから」

「主ぁ~~!!」

 いつもの喧騒。懐かしい喧騒で、綾の気持ちは宙ぶらりんのまま。

 でも、そう、これでいい。

 恋人でも夫婦でもない、自分と主との絆。

 それは主が動いてくれたから始まった関係。

 家族になってくれた、優しい家族との絆。


「兄さん。あんまりふざけてると、私のほうが先に結婚しちゃいますからね!」

「えっ!? お姉ちゃん、恋人いるの!??」

「綾、どこのどいつだ? もちろん紹介してくれるんだよな?」

「綾。さすがに苦しいかなぁ」

 妹は自分の知らない恋人の陰に驚き、兄は居もしない恋人に敵意を向け、母はその無理のある発言に呆れている。

 はてさて、本当に兄に恋人が出来たとして……自分はどの反応が正しいのだろうか?

 少しだけ頭を悩ます、綾がいた。

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