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三百五十三話

「次は……一週間後か」

「ちょっと、ボス! 私のダンスの感想は!?」

「ラストにもうちょっと余韻を残せるようにしないとな。賀來村はそこら辺の管理は徹底してるぞ」

「ぅぅぅぅ……だってさ、一人じゃ踊り辛いんだもん」

 感想を求めた花菜に本多は、花菜の求めていない言葉で答えた。

 確かに鏡に映っていた自分の姿は、美祢とは程遠い。花菜は美祢と並んで踊れば、自分が見劣りすることを自覚していた。

 何度も何度も美祢の『花散る頃』を繰り返し見て、花菜は知っていた。過去に自分の足を壊したターンが出来たからと言ってそれで完成ではないということを。

 タップ風の足技のつなぎや、手を大きく伸ばす間奏前。静止する必要のある場面での美祢は、一枚の絵画のように。激しい動きの時でもその表情管理は完璧と言っていい。

 何よりも本来のペアダンスパートでの所作から、パートナーに求めているレベルの高さがうかがえる。

 美祢の求めるレベルに、果たして自分は到達できるのだろうか?

 悔しい。

 今の自分がどれほどなのか、その物差しをもっていない自分が悔しい。

「求められる水準が高いのは、プロの日常だ。それを整えるのもプロの仕事の内だぞ」

「……わかってるもん」

「なら、一週間後楽しみにしておくわ。……クールダウンはちゃんとしておけよ」

 笑いながら去っていく本多の背中に、花菜の恨みがましい視線が突き刺さっていた。


 レッスン場から出てきた本多の顔は、確かに笑っていた。

 それは安堵から来る笑みだった。

 本多の中の最後の花菜の顔。それは苦悶に歪む花菜の顔。

 痛みだけではない。

 焦りや怒りといったマイナスの感情に押しつぶされたアイドルの顔だった。

 だが、あの頃よりもダンスをするのに難しい身体になったはずの花菜の顔は、出会った頃より晴れやかなものだった。

 ちゃんとできないことを認識し、それをどうにかしようという明るさを感じる顔だ。

 花菜自身は納得できていないが、初めての振り入れの時よりも確実に『花散る頃』という楽曲に寄り添っている。

 曲中の主人公の感情を表現しようという気概が、ダンスに現れ始めている。

 十代のころ度々見え隠れしていた、楽曲へ没入する花菜や美祢のあの姿。

 その頃には、美祢は後輩を気遣うために何とか制御する方向へ努力していた。

 だが、花菜はただその流れに身を任せていただけ。それをようやく自分の制御下にしようとしていた。

 その思考錯誤が、ダンスに現れ始めている。

「あとは……どうするかだな」

 本多にも答えは見えない。見えたところで言葉にするつもりはない。

 これは本多からメンバーへの宿題なのだから。こうして個人的にレッスンするだけでも、本多の信念に反する行いなのだから。

 本多のダンス人生の集大成。

 技術面は難所のターンに、精神面はペアダンスパートに集約している。

 何故『花散る頃』をWセンターにしたのか?


 それはどんなに高いレベルでダンスを習得したとしても、グループアイドルでは他者との調和無くして完成しないという本多の結論が込められている。

 難所をクリアできる技術があったとしても、それは一人では意味がないのだ。

 はなみずき25を結成当初から見てきた、本多だから言える苦言だ。

 そう言う意味では、美祢も本多の真意には気が付けていない。

 例え幻で誰かの望む姿を見せたとしても、それは正答ではないのだ。

 となりで讃え合い、気遣いながら、一つのダンスを完成させるというその喜びに触れて欲しい。

 だから、本多は安本にも無理を押し通した。

「ま、もうすぐ答えは見られるんだろうけどな」

 本多は嬉しそうにレッスン場を後にする。

 本多の最後の弟子たちは、そうとは知らず答えを見つけるのだと確信があった。


 本多を見送った花菜は、言いつけ通りクールダウンをしながら頭を悩ませていた。

「ん~~~。……プロの仕事……か」

 一人では納得できるレベルに到達できない。そのことが、今の花菜の悩みだ。

 主に次のライブを見に来いなどと言ってしまった手前、これ以上主を頼るわけにもいかない。

 さすがの花菜にもわかっていた。

 グループの楽曲のダンス、しかもペアダンスを練習するとすればメンバーを頼るしかない。

「……。っでもなぁ~~~!!!」

 それこそが一番の悩みだと、花菜は盛大にため息を落とす。

 これが美祢であれば、メンバーに頼みやすくもあるだろう。

 特に後輩に懐かれている現状を見れば、美祢のレッスンに参加したいと自主的に手を挙げる後輩しかいないはずだ。

 だが、花菜はそうではなかった。

 二期生の智里は、それなりに話したことがある。

 だが三期生はそうではない。まともに話した記憶さえ見つからない。

 三期生たちが入って来て、徐々にグループに馴染んできた時期。それは花菜が一番不貞腐れていた時なのだから。

 印象も良くは無いだろう。

 最近は冠番組に出演したはずなのに、まるでゲストなのかと思われるほどよそよそしい反応しか返ってこない。そのせいで言葉が出てこないこともあった。

 それがいたたまれなくなり、グループ仕事から足が遠くなっている。

 それもこれも、自分のせいなのは自覚している。


「はぁ、仕方ないかぁ。……でもなぁ。ん~」

 葛藤に頭を悩ます花菜。

 もう答えは出ているというのに、煮え切らない姿をさらしていた。

 あらゆる意味で、もう十代の花菜はどこにもいない。

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