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三百五十二話

「あ~! 楽しかった!!」

「ゴメンね。師匠のお祝いとはいえ、忙しいのに」

「あっ! 先生……それは嫌味になっちゃうかもよ?」

 花菜をねぎらう主に、悪戯好きそうな顔で花菜は応える。

「え? あっ! いや! そんな意味じゃなくって!!」

「ウソウソ! もぉ! そんな反応されたら、本当に傷ついちゃうなぁ」

「……。はぁ、花菜ちゃんには敵わないなぁ」

「沢口さんもお疲れ様。明日は10時からスタジオお願いね」

「じゅ、10時!? あ、はい。わかりました」

 もう時計の針は頂上にあるというのに……。明日も睡眠不足が確定した沢口は、肩を落とす。

「大丈夫なの? 花菜ちゃんだって睡眠不足は……」

「大丈夫! それにさ、お年寄りの時間に合わせないといけないじゃない? お願いしてる立場なんだし」

「っ! 明日って本多さんの?」

「そっ! ボスが出張ってくれるんだから。遅れちゃマズいでしょ?」

 主が間宮に古武術の基礎的な身体操作を教えてくれるように頼んだのと同じ、本多にも秘密裏に接触し花菜のダンスをレッスンしてくれるように頼みこんでいたのだ。

 主が望んだ、花菜の踊る『花散る頃』のダンスの振りをつけた、伝説の振付師。

 曲とダンスの解釈を一番理解している人物は、ほかにはいない。

 主は花菜のために、出来る限り最高の場を用意した。

 これで、花菜が潰れるならもう全てをあきらめてもいい。そんなつもりで用意した最高の手札。


 これでもう、自分にできることは何もない。

 あとはもう、見守ることしかできない。

「花菜ちゃん!」

「ん?」

「見てるから」

「任せて! なんてったって、私は先生の……」

「ああ、最高の推しだよ」

「次のライブは絶対に見に来てね」

 花菜は主に背を向けて歩いていってしまう。沢口を従えたかのような、自信に満ちた歩き方。

 街の雑踏に消えていく花菜の背中が、不思議と誰よりも輝いて見えた。

 頼もしくなって帰ってきた背中。誰よりも本人がその在り方を望んだから、そうなった。

 だが主の思い描く結末は、花菜とは違う。


 夜の街かどで、主は深々と頭を下げて謝罪する。

 誰よりも光り輝くその背中へ。

「騙してゴメン。……弱い男でゴメン」

 誰に聞かせるでもなく、主ははっきりと言葉に出して謝罪する。

 あんなにも輝くアイドルを利用してしまった自分は許されないだろう。

 それでも望んでしまった。

 あんなことを口にした自分に、ここまでついてきてくれたアイドルなのに。


 ◇ ◇ ◇ 


「師……じゃない、ボス久しぶり~」

「お前ね。同じくらいの老人だからって、あの人と俺を間違えるか?」

「ゴメン! 似てて」

「俺はあんなに危険な男じゃないぞ」

 花菜に呼び出されて久しぶりにレッスン場に現れた本多は、あの頃と同じように花菜と接する。

 いや、あの頃以上二人を隔てるものが見つからない。

 まるで祖父と孫娘のよう。

「でも、ボスも師匠好きでしょ?」

「……まあ、嫌いではない」

「ウソばっか!! じゃあ、なんであの師匠のチャンネル出てんの?」

「……うるさいなぁ。良いから、踊る準備出来てんのか?」

 花菜にからかわれて、顔を紅くした本多が花菜を急かす。

 まさか言えないだろう。この歳になって親友と呼べる人物にであったなんて。

 花菜は間宮のチャンネル出演を指摘したが、それ以外にもちょくちょく会っている。

 しかも、若手アクション俳優会わせて見たり、知り合いの映画監督に引き合わせてみたりもした。

 傍若無人に見える間宮。だがその飾らない言葉は、安本源次郎の近くにいた本多には新鮮なものだった。

 安本のように含むものがない間宮は、未だに安本に振り回されがちな本多にとって、一服の清涼剤のような存在にまでなっていた。


 それをもたらした、主の依頼。

 花菜に『花散る頃』のダンスのレッスンをして欲しいという依頼。

 最初は無理だと突っぱねていた。しかも本多はもう何年も前に振付師を引退した身。

 今、安本の下で振付師をしているリョウという弟子もいる。

 信頼して任せた弟子の頭を通り越しての依頼は、とても心地いいものではない。

 しかし受けてしまった本多がいた。

 主の何かを貫き通そうとする力強い視線。それが本多を動かした。

 確かに主の依頼は、思っていたよりも楽しい関係を持つに至り、しかも今まで知らなかった花菜の魅力を知るきっかけにもなった。


 昔でも十分な魅力を振りまいていた花菜。

 一時はトップアイドルと呼ばれるにふさわしい位置まで駆け上がった、アイドルの天才と言える才能を感じていた。

 だが、同時に何か物足りないと思っていた。

 自分の振り付けを踊る花菜に、どこか違和感を感じていたのだ。

 きっかけは、そうデビュー曲の『冷めない夢』だった。最初は言われた通りに踊っていた花菜だったが、どこかのライブで見せた『冷めない夢』は、本多の解釈とは違う表現をしていたのだ。

 アイドルという職業が本心を見せないのは、ある意味仕方がないのは理解している。

 だがその花菜を見てしまったが故に、今までの花菜が何か無理をしていたように感じてしまったのだ。

 その違和感は日を追うごとに強くなり、本多の目に写る花菜の魅力はメッキのように安く見え始めていた。

 そんなころ、台頭してきた美祢。彼女は本多の目からも本物のアイドルになりつつあった。

 だが、今は逆だ。

 運営にもメンバーにも隠れてレッスンをしている花菜は、本物の輝きを手にし始めている。

 逆に美祢は、どこか誰かに求められたアイドル像を演じているようにも見える。


 鏡の前で踊っている花菜を見て、本多は思う。

 少女とは、アイドルとは、やはり難しい職業なのだと。

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