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三十五話

 アイドルカーニバルの初日、はなみずき25のステージは常連のファンでも戸惑うステージだった。

 広いステージのはずが、異様なほど狭い。いや、狭く感じる。まるで3Dゴーグルを掛けたかのような、没入感でメンバーとの距離が狂わされる。

 手を伸ばせば触れることができるのではないかと思わせるほどだった。


 その原因は後列の美祢にあった。いつもと違うサイズ感、そしてまるで自分だけに向けられたかと、錯覚してしまう表情。その笑顔はいつもより大人びている。加えて感情に訴える歌詞の時に出るアンニュイな色気を帯びた表情。

 自然と美祢を追いかける視線。そこに意識から外れていた自分の推しのメンバーが、突然視界に入り込んでくる。見ている方は、遠近感を乱されまくっていた。

 そして常連の動揺は、たまたま通りかかった他のアイドルグループのファンにも伝播していく。

 もはや誘蛾灯ゆうがとうのように、次々と新規のお客を観覧スペースへと誘う。

「なんかメインステージ、凄いらしいぜ」

 そんな声が広がった時にそれは始まった。


「みんなー! 今日は来てくれてありがとう!!」

 はなみずき25の小山あい、愛称あいリーで親しまれているリーダーがMCを始める。

 他のメンバーが両脇に並ぶさまは、昨年の女王をしての風格を漂わせている。

 それに加え、今年はつぼみという新しい花も後ろに控えている。

「じゃあ、アイドルカーニバルの課題をね、早々にやっちゃいたいと思いまーす!」

 ひとしきり会場を沸かせ、そのままの勢いでやらなくてはいけない他人の曲を済ましてしまおう。

 観客にはそう見えた。さすがのはなみずき25でも、リリープレアーの楽曲をやるのは難しいのだろうと。

 しかしあい含めたメンバーやスタッフは違った。

 美祢の存在感が強すぎる現状を終わらせてしまいたかったのだ。曲に合わせたダンスもフォーメーションも極端を言えばセンターが目立つために構成されている。

 しかし今、すべてが美祢を経由して各メンバーに視線が送られている。

 センターメンバーを経由して各メンバーに注がれるはずの視線の動線が、崩壊していた。

 他の16人のメンバーたちはモチベーションを保つのに一苦労していた。

 なので、さっさと終わらせて衣装とメイクを変えてしまえば、いつも通りに戻るだろうと短絡的な考えが採用された。


 はなみずき25の可愛さが強調された衣装に、皮のストールがかけられる。黒でそろえられた中、一人美祢は白のストールを肩にかける。

「みんな、あの人たちを絶対ぎゃふんって言わせよう―ね!」

 あいが裏に戻った短い時間で、メンバーに発破をかける。

「おー!」

 皆も気合の入った声で答えている。あいは作戦が成功したと内心ではホッと胸をなでおろす。

「美祢ちゃんも、センターよろしくね!」

「はい」

 美祢から低く短い返事が返ってくる。小山あいはその表情を見て息をのむ。

 その表情はまるでリリープレアーのセンター、水城晴海みずきはるみが乗り移ったかのような表情をしている。

 いや、瞬間的ではあるが水城晴海より凶悪な色気が出ている。

 この状態はいったいいつまで続くのだろうか? 次の曲で終わるのか? それとも今日一日中か? もしくはこの先……。

「ふぅ……」

 美祢が一息吐くと、あいは美祢の声に神経を直接撫でられたかのような、言いようのない感覚を全身に感じる。


「先、行きますね」

 そう笑顔で言い残しステージ袖に向かう美祢の背中から、あいは視線を外すことができないでいた。

「あいリー、そろそろ行くよ」

 花菜が横を通り過ぎるときに、あいの背中をはたく。それでようやく、あいの意識は生還することができた。

「花菜、作戦は成功するかもだけど、もう一つの作戦失敗かも……」

 あいの言葉に花菜が振り返り、とびきりの笑顔を見せる。

「何言ってるの、大丈夫。ちゃんとあの子は後列の仕事してるって」

「でも! ……」

「気が付かなかった? 美祢は視線独占しないように微妙に立ち位置ずらしてるんだから」

「え?」

 花菜はとびきりの笑顔のまま、心底嬉しそうにあいの手を引く。


「あの子が、美祢が本当に全開でアイドルするのは次からだよ!」

「花菜は心配じゃないの?」

 花菜はもう一度笑顔をあいに見せる。

「望むところ! ってか遅すぎなのよ! 美祢がやっとアイドルになってくれたんだから喜ばないと!」


 ようやく自分の望む環境がそろってきた。

 幼馴染で親友で、そして自分の立場を脅かすようなライバル。

 真正面からアイドルとして自分に挑んでくれるそんな存在。

 自分がアイドルとして、もっと輝くために必要な最後のピースがやっと目を覚ました。

 花菜は本当に、アイドルとしてではなく高尾花菜本人として心の底から笑っていた。

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