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三百四十四話

「美祢ッチ、そろそろはなみずき25むこうに戻って。リハ始まるから」

「は~い。玲ちゃん、またねぇ~~!」

「は、はい、お疲れさまです」

「智里、星。行くよ」

「はい」

 仕事モードの美祢は、楽屋から去っていく。美祢たちが去ったかすみそう25の楽屋は、黄色い歓声が上がっている。

 かすみそう25の三期生たちは姉妹グループに所属しているといっても、美祢や智里のような現役トップクラスの先輩に遭遇することは稀だ。そのせいか同じ事務所の先輩なのに、芸能人を生で見た少女の反応が治らない。

「ほらほら。今日は見学だけだけど、スタッフさんは見てるからね! ちゃんと綺麗にしないと、番組に呼ばれないよ!」

「は、はい!」

 騒いでいた三期生たちは、美紅の一言で持参した鏡に集中し始める。

 佐川玲も先ほどまで座っていた席に戻り、メイクを再開する。

「綾もね」

 美紅は綾の髪を優しく撫でて、準備を促す。美紅の表情はいつもよりも優しい。

 もう、こんな言葉を口にすることは無いだろう。その感慨深さは、卒業生の特権だ。

 何でもない日常が、美紅の琴線を刺激するのだった。


「あ、美祢ッチ。これに目を通しておいて」

「今日中?」

「ううん。今週中で大丈夫」

「了解。……助かったぁ」

 マネージャーの近原に渡された書類を一瞥しただけの美祢は、その足を止めずに急ぐ。

 美祢の背中越しに、星が美祢の手元をのぞく。

「それ、なんですか?」

「ん? これは……アレのセットリストとか」

「ああぁ! ソロライブの?」

 美祢は高校を卒業してから、歌唱面を徹底して鍛え上げてきた。

 ダンスは多少の自信をもって披露できるが、歌単体で見れば美祢のパフォーマンスはそこそこの域を出ない。だから複数のマネージャーに引かれるほど、レッスンを詰め込んだ。

 そのお陰で、今や美祢は歌唱系の番組にも気後れせずに参加できるまでになっている。

 そしてその評価が、美祢のソロライブ開催だった。

「それにしてもなぁ……アレどうしてもだめなの? 近原さん」

「う~ん、主催者の意向もあるし。上も今回は納得してるみたいだしねぇ」

「どうしたんですか?」

 仕事に関して美祢がマネージャーに意見することが珍しいと、智里が原因を尋ねる。

「ん~、これ見てよ」

 美祢が見せてきたのは、美祢のソロライブの告知用のポスター案の紙だ。

 そこには『賀來村美祢ソロライブ』と書いてある。他には協賛の会社の名前や日程など。色々な情報が載せられている。

「何が問題なんですか?」

 智里が目を通した限り、どこにも不備はない様に思える。

 むしろ人の目を惹くようなデザインになっていて、そこに掛けられた金額がうかがえる。

 それは賀來村美祢というアイドルにどれほどの期待がかけられているかの現れ、同じアイドルグループにいる智里にとって、誇らしいと同時に羨ましい。

「え~! 問題あるよ、『はなみずき25』の文字がどこにも載ってないんだよ!?」

 美祢にそう言われて智里が再度紙に目を通すと、確かに所属グループの文字はどこにもない。


「う~ん。でも問題無いんじゃないですかね?」

「だよねぇ~」

 確認したはずの智里も近原マネージャーと同じ反応を美祢に見せる。

「えぇ! 何で?」

 納得がいかないのは美祢だけだった。

 星も何が問題なのかさえ理解できていない様子で首を振っている。

「だって美祢さん。賀來村美祢といえば、はなみずき25。はなみずき25といえば賀來村美祢って今や常識じゃないですか」

「そうそう、この前の番組でも司会者の方に『アイドルといえばこの人!』って紹介されてたし」

 美祢以外の3人は認識を共有している。美祢だけがその認識ができていないのだ。

「私なんて、単独で呼ばれたのにみーさんのエピソードないのかって聞かれますもん」

「そうそう。美祢ッチの話してればオンエア尺確保できるからね」

 賀來村美祢というアイドルと同じグループである特権を活かして、カメラに映るのはもはやメンバーの常とう手段と化していた。

 ただし同じネタを使わないようにと、マネージャー陣は厳しく指導している。同じ味のネタは飽きられやすい。それでも美祢のネタが尽きないのは、メンバーとの交流を行っているからだ。


「あっ! そう言えば、みーさん」

「何?」

「みーさん、同じ間違いするの止めません? この前、みーさんの共演者の方とネタ被って焦ったんですよね~」

 美祢は共演者ともできるだけ、良好な関係を築きたいとコミュニケーションを取っている。

 そのせいか、メンバーと共演者が共通の話題をトークすることも増えてきている。

 美祢の仕事が増えれば、その話題の提供者も増えていく。そんなジレンマを智里は口にする。

 美祢も同じ間違いをしたくてしているわけではない。ただ自分がどんな間違いを犯していたのか、どの間違いをネタにされたのかを確認する勇気はない。

 決して美祢も好きで話題を提供しているわけではないのだ。

「話を戻すけど、やっぱり私ははなみずき25に所属しいるアイドルなわけだし。所属の明記はしてもらいたいなぁ」

 強引に話題を自分の主張に戻す。さっき今更そんな認知は必要が無いと言われたばかりだというのに。

「まあ、次回こう言うのがあったらそれとなく言っておくから」

「え~」

「さぁ、美祢ッチ。お仕事の時間だよ」

 近原に背中を押され、美祢は仕事の時間を迎える。

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