三百四十三話
「どうしたの? みーさん」
「あ、公ちゃん。あの娘って今日はいないの?」
「え? ……居るじゃないですか。おーい」
泣き止んだ恵美里を美紅に任せて、美祢はもう一つの理由を探し始めた。
もう一人、美祢の逢いたいメンバーがかすみそう25にはいる。
その人物を一緒に探していた匡成公佳。今年成人したばかりの公佳だったが、その外見は美祢よりも大人びている。知らない人が見れば、美祢のほうが年下に見るかもしれない。
そのせいか、高校3年生のころから公佳は美祢のことを『ママ』とは呼ばなくなった。
智里を真似て『みーさん』と呼ぶようになった。それが美祢にとって少しだけ寂しいのは内緒だ。
呼び方は変わっても、公佳は相変わらず美祢を見つけると寄ってくるし、今も美祢の手を取って離さない。
懐いていてくれる証拠なのだが、一つ心配な面もある。
公佳が特殊な呼び方をするもう片割れは、未だに『パパ』と呼ばれているのだから不安で仕方がない。
そんな成長した公佳を見ていると、実感することがある。この年になると、さすがの美祢も年下のアイドルの出す若さに脅威を感じている。
若いアイドルと言うのは、美祢から見ても可愛いのだから。
そう、この娘のように。
「あ、……こんにちは。……美祢ちゃ、さん」
「もぉう!! 美祢ちゃんでいいのにぃ~!!」
呼び出された新人アイドルに、美祢は首ったけだ。グループが違うのに、暇を見つけては自宅に呼んで遊んでいる。もちろん、美祢も彼女の自宅に何度も上がっている。
「美祢さん、妹に構いすぎですよ」
「えぇ~! ちょっとぐらいいいじゃん」
「はなみずき25の妹さんが嫉妬するんで、ほどほどにしてあげてください」
妹をかばうように現れたのは、佐川綾。今やかすみそう25のエースの呼び声が高い、『双月』の片割れだ。綾は公佳と同い年なのだが、その顔も体つきも幼い印象が強い。むしろ幼過ぎだと度々メディアに取り上げられる。しかしステージの綾は別人だ。
そのアンニュイな表情から醸し出される年齢以上の色気が、多くのファンを虜にしている。
ファンの中に、ステージ上の綾とステージ外の綾という派閥ができるくらいギャップがある。
そんな綾が、呆れた表情を見せるのは美祢ぐらいだろう。
それもそのはず、美祢は実妹の佐川玲を娘のようにかわいがっているのだから。
佐川綾の妹、佐川玲がアイドルになったのはつい最近のことだ。
姉を追うように、かすみそう25の三期生オーディションを受けて合格したのだ。
たまたま訪問したことのある綾の実家で出会った玲と、姉妹グループで再会した時。美祢はかつての呼び方を必死に抑えようとしている玲に、あっさりとノックアウトされてしまった。
それ以来、綾と玲を何度も自宅に招いている。雑誌の取材で『推しメン』だと発言してしまうほど、美祢は玲に参っている。
今も先輩が呼んで欲しいと言っている呼び方と、先輩だからと遠慮する気持ちに揺れている玲が、美祢にはたまらなく可愛く映るのだ。
そうなると、面白く感じないのは自称『美祢の妹』を標榜するはなみずき25のメンバーだ。
「あぁ~!! 美祢さん、やっぱりこっちにいましたね!!」
自称『美祢の妹』である志藤星が、一向に帰ってこない美祢を探してかすみそう25の楽屋に突撃してきた。
「美祢さん!! あ、ちょっと……どっちか離れてくれません?」
美祢に抱き付こうとした星は、美祢の両手がふさがっているために美祢に触れることができない。
右手は公佳が握っているし、左手は美祢が玲の手を握っている。
美祢の娘と妹、推しメンの取り合いは、はなみずき25とかすみそう25が一緒の現場になった時の恒例の姿となっていた。
「星ちゃん……ホントいい加減にして」
「だって美祢さんがぁ~!」
2年先輩の綾に怒られて、情けない表情の星。
二人は人気グループの新時代エースとして、度々同じメディアに取り上げられていた。
対談などもしていて、普段は仲のいい二人なのだが美祢と玲に関しては立場が違う。
美祢を独占したい星と妹を撒き揉んでほしくない綾。
元凶は美祢なのだが。二人の共通の先輩である美祢には、二人とも強くは言えないのでこうして美祢と玲をはさんで注意と反論を繰り返すのだった。
「もう一人の妹呼んできましたよぉ~」
こうなることを予見して、かすみそう25一期生の東濃まみは、はなみずき25から助っ人を呼んできていた。
「もう! 今日は泣いちゃうから来たくなっかたのに!! みーさん!!」
「ゲ、……智里」
「もう! 卒業発表した美紅さんがいるから行きたくないって言いましたよね!?」
「私が悪いんじゃないよぉ~」
「え、私……智里に嫌われてた……?」
「ほらぁ~! ややこしくなったぁ!!」
今もトップアイドルグループを争っているはなみずき25とかすみそう25。
ファンや世間の見方とは違い、その関係性はとても賑やかなままだった。




