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三百四十二話

「二代目! 向こうの楽屋行ってくる!」

「おい! 美祢、メイクは!?」

「終わってる~!!」

「ったく、落ち着きない奴だなぁ」

 元気よく走り去っていく美祢を恵は見送る。いや、元気すぎると呆れている。

「仕方ないですよ。今日はかすみそう25と同じ現場なんですから」

「……ああ。そういや……そうだったな」

 あんなにも元気を振りまいて、走って行くには理由がある。

 そう言う二期生の智里。その智里の言葉で恵は納得するしかない。

 かすみそう25というアイドルグループは、美祢にとって大事な大事な後輩たちなんだから。


「美紅~!! いる? 入るよぉ~!!」

「あ~~!! 美祢!! 久しぶり~~!」

 五年経ち、美祢は幼さを残しながらも大人の女性となっている。何気ない所作でも周りの目を惹く。

 そんな美祢を出迎えた、かすみそう25のリーダー。一期生の埼木美紅も十分大人の女性としての魅力を身に付けた女性に変貌している。

 デビュー当時を知る関係者にとっては、まるで詐欺のような変貌。

「あれ? 智里は?」

「ああ! あの娘はライブであいさつするからって」

「智里ぉ~~! ……もしかして泣いちゃうからかな?」

「案外そうかも!!」

 楽屋の入り口で楽しそうに談笑する美祢と美紅。

 かつて同じグループに所属し、ともにいくつもの仕事をしてきた戦友とでも言うべき二人は、今では互いの家を行き来するほど。かつて以上にその中を深めている。

「ゴメンね。私のほうは行けなくって」

「いいよ! ドラマでしょ? お仕事優先で」

「あ~あ。美紅の卒業ライブ見たかったなぁ」

 埼木美紅は少し前に卒業を発表した。27歳となり、アイドルではなくタレントや女優として先に進むと明るく発表をしたのだ。

 ファンはこの世の終わりかというほど嘆いていた。美紅推しだけではない、ほかのメンバーを推しているファンもリーダーの卒業を悲しむ書き込みが、ネット上にはあふれていた。

 それだけ愛されたリーダーだったのだろう。美祢から受け継いだかすみそう25のリーダーを見事に勤め上げたのは確かだ。


「で? 新リーダーは?」

「あれ? あの娘は、落ち着きないんだから」

 もしこれを聞いた新リーダーは心外だと言うだろう。

 楽屋で誰よりもはしゃぎ、うるさい美紅に、落ち着きがないなんて言われたのだから。

「お~い! 副リーダー、新リーダーは?」

「あれ? そこらへんでメイクしてませんでした? ……いないなぁ」

「ヒナちゃんも見てないの? お祝いあげようと思ったのに」

 副リーダーの上田日南子は、メイク途中の顔のまま椅子の下などを探している。

 そんなところにいるわけが無いと、メンバーは笑っている。

「けど、美紅はヒナちゃん指名すると思ってたのになぁ」

「いいえ! 私は永遠のナンバー2なので! ずっとずっ~~と、副リーダーなのです!!」

「あの調子でさ。初代副リーダーを永久欠番にするんだって」

「えっ!? 副リーダー無くすの?」

「いいえ、私だけが初代副リーダーなんです!」

 胸を張るに日南子の言葉が、一向に理解できない二人。初代という意味を理解できていないんだろうかと少しだけ、日南子が心配になる。

「……まあ、そこら辺は智里ほんやくかに聞いておくとして、マジでどこ? 新リーダーは?」

 日南子の言葉の翻訳をあきらめた美祢は、楽屋を見回す。

 そして三人娘が、楽屋隅にある段ボールを指さして笑っているのを見つける。


 美祢と美紅は、顔を見合って笑い出す。

 もしかして、ドッキリのつもりなんだろうか?

 しかしそれをあっさりとバラされるところを見ると、今や新リーダーはグループ内でイジラれキャラになっているようだ。

「どこかなぁ~、新リーダーは?」

「本当に何処行っちゃったんだろうねぇ~」

 まだ見つけていない風を装って、二人は段ボールへと近寄っていく。

 顔は笑っているが、声だけは二人とも真剣にお芝居している。

 段ボールの前まで来ると、ほかのメンバーも笑いを押し殺せず吹き出し始めている。

 美祢はそれを指で制して、美紅と頷きながら段ボールへと手をかける。


「新リーダーおめでとう!!」

 勢いよく段ボールを持ち上げると、そこにはうずくまったまま身を震わせている一人の少女がいた。

「恵美里! 見~つけた!!」

「……美祢さん……リーダー」

 うずくまったままの野崎恵美里が顔を上げると、その顔は泣いていた。

 そして全身から自信がないと言っている。

「もぉ~、泣かないでよぉ~」

「だってぇ~!!」

「ほら、いい加減立って」

 美祢に促されて仕方なく立ち上がった恵美里だったが、まだまだその涙が引くことは無い。

「私には無理です~。美紅さんがやってください」

「そう言われてもねぇ」

 自分が卒業するからリーダーを譲るという話なのに、自分ができるわけないだろうと美紅は苦笑いを浮かべる。

 そんな二人を見て美祢はため息を落として、恵美里を睨む。

「エミちゃん!」

「は、はい!」

「美紅を困らせないの!!」

「……」

 そんなつもりはない。だが、確かに美紅を困らせているんだろう。

 それでも寂しさと不安は、急にはいなくなってはくれない。

 恵美里の顔が下がると、美祢は微笑みながらその頭を撫でる。


「大丈夫、みんなが付いてるでしょ?」

「……」

 頼もしい仲間がいる。それはわかっている。

 だからこそ、自分のような人間には荷が重い。

「じゃあ、勇気が出るプレゼントとおまじない教えてあげる」

「え?」

「はい、これつけて……っと」

 美祢が恵美里に付けたのは、イヤーカフ。耳を装飾するアクセサリーだ。

「じゃあ、いい? 私に続いて復唱しましょう!」

「……」

 イヤーカフをイジリながら首肯する恵美里。それを見て、美祢は満足そうにうなずく。

「笑顔は魔法!! はい!」

「……え、笑顔は魔法……?」

「声が小さい!!」

「え、笑顔は魔法!!」

「よしよし。笑顔で頑張ってたら、みんなが助けてくれるから」

「……はい」

 デビュー当時から聞いている美祢の魔法の言葉。何度も何度も助けられたその言葉が、今も恵美里の心を軽くする。

 頭を撫でる年下の先輩。まだ23歳になったばかりなのに、自分よりも大人になってしまったみたいだ。


 その後、野崎恵美里は新リーダーとしてグループをけん引いしていく。

 どんな現場でもその耳に光るイヤーカフ。それが次第に恵美里のトレードマークとして世間に認知されていく。

 そして、3年後の卒業の時。恵美里は四代目リーダーに新しいイヤーカフと魔法の言葉をプレゼントする。

 自信のなかった自分のエピソードと共に。

 今はもういない、大好きな先輩とのエピソードを抱えきれないほど、たくさん交えて。

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