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三百四十一話

「……そう言うわけで、高尾は当分の間……グループを離脱する。仕事に穴をあけたわけだし、謹慎という意味でもある。それに伴い俺を含めたチーフマネージャー、プロデューサー陣も減給処分となる」

 高尾花菜の無期限のグループ離脱。それはメンバーに伝えられた直後からファンを含めた関係者に報告される。そして安本源次郎含め、運営の上位陣も減給処分となったこともホームページで報告がされた。

 新しいシングル発売直後に起きた、主要メンバーである高尾花菜の負傷というニュースはそれほどの痛手だった。

「今回の件で伝えなくちゃいけない事もある。……いいか、どんなレッスンでも一人で行うことは禁止だ。それとメンバーのみのレッスンも禁止とする。これは、はなみずき25、かすみそう25に限らず所属する全タレントに厳命される」

 兵藤の顔は、いつもよりも厳しい。

 甘えた空気など、一切感じさせないその表情が、花菜の負傷のことの大きさをアイドルたちに伝わっていた。

「必ず誰かしらの大人がいる状況でしか、レッスンは認めない。……その場合、親や@滴主水先生、四代目主水之介先生は含まれない。わかったな」

「……はい」

 はなみずき25とかすみそう25特有の抜け道さえ先回りして潰してくるところを見ると、兵藤も、いや、運営側も本気なのだろう。

「先生も良いですね」

「……わかりました」

 何故かアイドルたちと共に報告を受けるよう言われた主。

 アイドルと共に呼び出された理由が、ようやく理解できた。

 主はどちらかといえば、アイドルたちに寄り添うことを正義としている傾向がある。

 それが顕著に出るのが美祢に対してだ。そしてその美祢は、自主的なレッスンで功績を上げたメンバー。

 美祢を止められない主に、ほかのメンバーを止めることはできるのだろうか?

 出来はしないだろう。

 了承した主の脳内には、これでまた美祢を応援するという言葉が重くのしかかる。

 応援すると口では言っても、行動が伴わないのでは意味がない。

 

 今の主の思考は、美祢になんと声をかければ美祢が折れないのか? それだけになっていた。

 二度目の花菜の負傷。

 手術を受けると言った花菜。彼女が復帰するには、長く苦しいリハビリ期間を要する。

 しかし、それを乗り越えたからといって絶対に復帰できる保障などないのだ。

 花菜のとなり。それだけを目指していた美祢にとって、それは美祢の夢の終焉に見えたとしても仕方がない。

 だが、彼女たちにこんな悲しい終わりを迎えて欲しくはない。


 兵藤の話が終わり、意気消沈しているメンバーも多い。

 いつもなら主に絡んでくるはずの、かすみそう25のメンバーさえ今日は近寄ろうともしない。

 それほど、高尾花菜というメンバーの存在は大きかったのだと再認識させられる。

 そうでなくとも、テーブルに爪を打ち付けている男性に、好んで近寄ろうとする女子はいない。

 その姿は、どこかイラついているようにも見えるから。

 ただ一人、美祢はそうではなかった。

 昨日別れた時の態度、そしてその前の自分の言葉。

 それをどう扱ってもらいたいのか、決めかねて主にゆだねようとしていた。

 こんな状況で、自分を優先するような行動。そんな自分が嫌いになりそうだ。

 それでもけじめをつけないと、今の状況に押しつぶされそうで。

 理由を付けてはいるが、美祢は主に寄りかかりたいだけだ。


 自分の夢が、もうすぐ手に届くはずだった、夢の場所が、どこかへ行ってしまったんだから。

 美祢の内にある弱さをそのまま、足取りが反映している。

「……先生」

「ん? ああ、美祢ちゃん」

「昨日は本当にすみませんでした」

 主に声をかけてすぐに、美祢はあたまを下げて顔を隠す。

 自分が情けない顔をしているだろうと、わかっているから。どうしても主の顔を見ることができない。

「……昨日……か」

 主が思い出すように呟く声が、美祢にはやけに響く。

 花菜の負傷を聞くまでは、楽しい現場だった。

 主との対談。自分が歩んできた夢への軌跡。

 それを思い出して、懐かしさと誰にも言えない恋心を噛みしめる、何とも言えない心躍る時間が確かにあった。

 だけれど、それも今は幻のようだ。

 美祢はまた自分の心が沈んでいくのを感じた。


「……っ! そうか!」

 沈んでいく美祢と対照的に、主の声には明るさが感じられた。

「……。先生?」

「美祢ちゃん。花菜ちゃんは絶対に復帰できるよ」

「……先生……」

 主の言葉を信じられないと、美祢の顔は言っていた。

 自分を励ますために、そんなことを言わせてしまった。

 美祢は主の言葉で、再び自分を責める。

「もう、良いんですよ」

「大丈夫! だって、僕には実績があるんだから」

 主の言葉が、理解できないと思わず表情に出てしまう。

「だって、昨日美祢ちゃんが言ったんだよ?」

「え?」

「僕がきっかけで夢に走りだせたって。なら今度は、僕が花菜ちゃんを美祢ちゃんの場所に送り届けるよ!」

 確かにその言葉は自分が言った言葉だった。

 だからだろうか?

 主の理解できなかった言葉が、急に光に満ちた言葉に聞こえる。

「絶対、花菜ちゃんはきみに追い付く。だから、前を向いて走ってて」

 主の言葉で、涙を流すのはこれで何度目だろうか?

 だが、その涙の数だけ主に背中を押された。

 その経験が、美祢に主の言葉を信じさせる根拠となっていた。

「……っ! お、お願いします」


 美祢の告白の答えではないが、今最も聞きたかった言葉をもらった。

 美祢が涙を流しながら笑う。

 美祢の高校生最後の思い出は、奇しくも主のこの言葉だった。


 そして、五年の歳月が流れた。

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