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三百四十話

「おじさん! おばさん!!」

 兵藤から連絡を受けた美祢は、主の手助けもあり花菜の運び込まれた病院へと駆け付けた。

 兵藤には、明日メンバーとともに正式な報告を受ける予定になっていたが、居ても立っても居られず、主に迷惑をかけるとわかっていながらともに病院を訪れた。

 ロビーには、美祢の連絡を受けて花菜の両親が美祢を迎えてくれた。

 だが本人の意向もあり、病室には来ないで欲しいと告げられた。

「ゴメンね。美祢ちゃん」

「いえ、……良いんです」

「美祢ちゃんに、こんな姿は見せたくないって……」

 美祢と共に花菜の両親にあいさつした主。自分の異物感を肌で感じながら、3人の話を聞くことに徹している。

「また、脚だって……」

「うん、脚なんだけど今度は左足なんだ」

「……えっ!? それって……」

「手術を薦められてる」

 アイドルではなくとも、身体に傷の残る手術を敬遠したい両親の本音が透けている。

 だがどこかにあきらめの表情も見えてしまう美祢。

「か、花菜は?」

「アイドルに復帰したいから、……手術を受けるって」

 両親の沈痛な面持ちに、再び美祢の眼に涙が浮かぶ。

「そう……ですか……」

花菜と花菜の両親が、それに納得しているなら美祢が口をはさむ余地はない。

 幼なじみだからといって、何でも口にしていいわけではない。

 だが、手術をするということがどいうことなのか、美祢にも理解で来ている。

 どんな小さな傷であろうと、それは肌に傷が残るということ。

 スカートの多い歌衣装を着た際、それを見つけるファンがいるかもしれない。

 果たしてそれは、花菜にとって……。


「先生……付き合わせちゃって、本当にすみませんでした」

「いや……僕は大丈夫。……美祢ちゃん、大丈夫?」

 病院で花菜の両親と別れた後、美祢は放心状態となりその場から動けないでいた。

 主は、そんな美祢になんと声をかけて良いものかわからず、黙ってそばにいるしかなかった。

 そして、JKが外出していていい時間ではなくなると、ようやく美祢は帰ると言い出した。

 タクシーを待つ間、美祢は主に謝罪をする。

 その表情を見せることなく。

 主にも容易に想像できる。

 その目には涙をためているだろう。

 さっきまでとは、違った空気を纏う美祢。

 そんな美祢に、何も言えない主は自分が情けないと唇をかむ。

 到着したタクシーに乗り込む際、美祢は主に小さく頭を下げていってしまう。

 主は、それを見送ることしかできなかった。


 つい数時間前には、自分に告白をしてくれた美祢に対してその答えもいうことができず、打ちのめされた美祢にも何も言えない。

 そんな男が、彼女に何を言うつもりだったのか?

 主は何度も自分を叱責する。

 彼女を応援するといっていた自分。

 なのに、何もできない。

 主にもわかっていた。手術をする決断をした花菜に、美祢が抱いた懸念。

 どんな名医であっても、皮膚を切らないとひざの手術などできはしない。

 皮膚にメスを入れれば、その傷跡は目立たなくなりはすれ無くなることはない。

 何より、そのひざは手術をすれば完全になるということではなく、痛みを伴うリハビリに耐え抜いてようやく満足に使うことができる。

 アスリートではない、アイドルにそこまで耐えることができるのか?

 美祢の夢の場所。花菜のとなりは永遠に失われたのではないか?

 そう美祢が考えても仕方がない。

 美祢の夢を応援すると言った、自分の言葉が空虚なモノへと変わっていった。


 嘘ではなかった。本心から出た言葉だった。

 だがそれを行うには、困難が多い。

 そう想い、美祢と共に花菜を想えば、花菜の言葉を思い出す。

 美祢に何一つも勝てていないと言った、花菜の言葉を。

 アイドルに復帰するために、手術を受ける決断をした花菜。

 その根底には、美祢への闘争心があってのことだろう。

 まだ、花菜は折れてはいないのだ。

 美祢に勝ちたい。その一心でアイドルを続けようとしているのだ。

 花菜の心は、まだ折れてはいない。

 なら、まだ道はあるのではないか?

 

 いや、出来はしない。

 花菜がただのアイドルであれば、出来る可能性はあった。

 しかし、主は彼女の気持ちを知っている。

 あの、必死に自分にアピールしてきた彼女の姿を知っている。

 花菜がまだ自分を好きでいてくれるなら、なおさら。

 そんな酷なことを自分にできるはずもない。

 そしてあの二人は、互いを親友だと言っている。

 二人の関係をどうこうすることなど、自分にできるのか?


 安本の言葉が、ようやくその重さを見せる。

 彼女たちに寄り添い、感情をかき乱す。

 その言葉の解釈が、主の心をかき乱す。

 

 主に見えた一筋の光明は、その遥かなる距離をもって困難さを指し示していた。

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