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三百三十八話

「ゴメンね。忙しいのに……」

「いえいえ! 楽しかったですから」

「いや、でも……。こんなに僕絡みの仕事ばっかりさせちゃって、本当に申し訳ない」

 その日、美祢と主は同じ仕事現場にいた。

 雑誌の対談という、お互いそれなりに何回か行っている仕事だ。

 しかし、当人同士が対談するということが初めての経験だった。

 思えば主のデビューに関わっているアイドル、そして群雄割拠なアイドル市場において注目株にまで押し上げるきっかけになった作家という関係性を今の今まで放置されてきたと言うのは、お互い今まではそれなりに話題性に富んだ活動が出来ていた証拠だったのだろう。

 もちろん今回の対談もその話題性の一つではある。

 主にとっても、自分にとっても大きな仕事となるかもしれないと美祢は浮かれている。

 何より、こうして主を独占できる時間ができたのだから。

 美祢は、謝る主の顔を覗き込みながら上目遣いで、本心を言葉にする。

「でも、本当に楽しかったですよ? 改めて先生の考え方を聞けて……嬉しかったですし」

 美祢は元々、@滴主水のファンであった。

 誰にも注目されていないときから、唯一積極的にコンタクトを取りに行った人物。

 自分でも忘れているような、始まりだった。

 そんな人物と、今はこうして肩を並べて歩いている。

 たわいない話をしながら、誰にはばかることなく。


「でもなぁ……」

 対する主は、本当に申し訳なく思っていた。

 今回の対談。それが設けられた理由は、主にあった。

 @滴主水の新作『えきでん!』が、この度実写映画化するからだ。

 初挑戦のスポーツもの。それが異例のヒットとなり、コミカライズ前に実写となるのだ。

 もちろんこんなにうれしいことは無い。

 しかも主演はとなりにいる美祢が務める。

 そう、これは映画の主演と原作者の対談。

 だが美祢の所属するはなみずき25と懇意にしている作家でもある@滴主水の作品ということもあり、出演する美祢への意見は厳しい。

 まともに演技の仕事をしてこなかった美祢が、懇意にしている作家の作品に主演する。

 美祢を知らなければ、それに何かしらの意図を感じるのはしかたがない。

 そういった意見が、美祢の活動の足かせにならないかと不安になってしまう。

 

 今回の美祢の出演にかんして、主は本当に一切かかわってはいないのだ。

 美祢の主演を決めたのは、誰でもない今回メガホンを取る監督が決めたことなのだ。

 若手映画監督のなかで注目を浴びる監督、奥津菊男。

 以前、美祢の出演した映画の監督を務めていた人物。それと同時に前回も主の作品を映像化した、主の友人でもある。

 なんでも奥津は、前回出演した映画で美祢が演じたライブシーンから美祢に惚れこんでいて、どうにか美祢を主人公に映画を制作できないかと画策していたらしい。

 そしてその中の企画候補の一つが、@滴主水の『えきでん!』だったのだ。

 企画が通った奥津が、主に電話してきたとき、こんなことを言われてしまった。

「やっぱり、好きな娘のこと書いてるお前の作品は受けがいいぞ? この調子であの娘のこといっぱい書いていけ! な!?」

 そうではないと否定したが、奥津は信じようとはしなかった。

 前回の時に否定しておけばと、後悔した主がいた。


 頭を抱える主に、美祢が声をかける。

「先生……先生ってば!」

「ん? ああ、何?」

「ちゃんと言いたかったので。……先生、改めて映画化おめでとうございます!」

「うん、ありがとう。……美祢ちゃんも映画の主演、おめでとう」

「ありがとうございます! ……えへへ」

 主を祝い主に祝われ、笑顔を見せる美祢。

 主が見る久しぶりの美祢の笑顔がそこにあった。

「……美祢ちゃんはさ」

「はい?」

「やっぱり、笑顔が似合うよね」

「えっ!?」

 主の言葉は、本心でもあり願いでもあった。

 どうかこのまま、美祢が笑顔で過ごしていける未来が続いてほしい。

 そう願わずにはいられなかった。


「……そうですかね?」

 顔を紅くして照れている美祢が、顔を伏せる。

「うん! 大人っぽくなったし、きれいにもなった」

 自分でも何でこんなに言葉が出てくるのかと、不思議に思う。

 だが本心から来る言葉で嘘はない。

 美祢は美祢で、何と返して良いものかと戸惑ってしまっている。

 時折見せる主のストレートな言葉。

 こうした言葉に対して、平然としていられるのが大人だと思う美祢にとっては、自分の反応は子供のままだ。

 だけれども、主の見ている自分はそうではないらしい。


 確かにもう高校生を卒業する。

 世間的には、大人の仲間入りをする年齢だ。

 主の中で、自分の位置はどこなのか?

 まだ子供だと思われているのか? それとも大人の女性として扱ってくれるだろうか?

 そんな美祢の思考が、二人に一瞬の間を与えてしまった。

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