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三百三十六話

 10枚目シングルの高尾花菜フロント起用は、運営側の期待だった。

 アイドルといういつ終わるかわからない職業に、人生を投じてくれた花菜に対して覚悟に応えた形だ。

 そしてそこまでの決断を強いてしまったという、贖罪の気持ちが欠片もなかったと言えばウソにもなる。

 立ち上がったアイドルグループをほぼ一人でけん引し、スカウト組との確執やオーディション組とスカウト組の対立構造がある中でも、アイドルとして輝き続けた花菜。

 確かに彼女は自分が一番だと憚らないし、独裁的な立ち居振る舞いもすることがある。

 しかし、その花菜の振舞いがファンを惹きつけ魅了していたのは事実なのだ。

 だからこそ、アイドルに全霊をかけようと決意した花菜の巻き返しに大いに期待する。

 それが今回のフロント起用の大きな要因だ。


 花菜のフロント起用。その話を聞いた、元振付師の本多だけは良い顔を見せなかった。

 それを見ていたにもかかわらず、安本も気が付くことができなかった失態。

 それに気が付いたとき、ファンはおろか運営もメンバーも美祢でさえ、花菜がどれほど追い込まれていたかを初めて知ったのだ。

 その予兆はもうすでに、パフォーマンスとして現れていたというのに。

 怪我をしても、スランプになっても一時的なもので必ず『復活』するという、絶対の信頼。

 だって、高尾花菜なのだから。

 そう誰もが信じていた。

 だが、それは叶わないと打ちのめされる事件は、もうすでにそこまで来ていた。

 事件の始りは、10枚目シングルのフォーメーション発表にさかのぼる。


 その日、会議室に集められたはなみずき25の全メンバー。

 三期生たちは、初めての空気に緊張していた。

 表情を固くしたままの大人たちが控える会議室。

 もちろん、元々はなみずき25のファンが多い三期生にも予想はついていた。

 おそらく新しいシングルのフォーメーション発表をするのだろうと。

 しかし画面の向こう側から見ていたころとは違い、大人たちと先輩メンバーの発する重苦しい空気までは伝わっていなかったことを初めて知るのだった。

 アイドルにとっての立ち位置。フォーメーションに込められた意味を初めて知ることになった。

 三列目に呼ばれた三期生たちは、その時自分たちがこのシングルから表題曲に参加するのだと知り、思わず笑みを浮かべて驚いていた。

 先輩たちと肩を並べてパフォーマンスできるという、最初の夢が早速叶うと知ったのだから喜ばない訳はなかった。

 喜んでいたのは、そこまでだった。

 三列目に先輩メンバーが呼ばれ始めると、必然的に二列目以上の同期がいることに考えが及ぶ。

 先輩メンバーが収録を邪魔しないように、流した涙を隠した姿がその重大さを教えていた。

 どんな不本意な決定であろうと、注目されているのは前列のメンバーだけ。

 後ろにいるメンバーは、その悔しささえ表に出してはいけないのだ。

 評価基準のわからない、大人たちのいう「総合的判断」という名のもとに告げられる商品価値。

 自分たちの仕事がどう言ったものなのか、その概要がようやく現実として理解できたのだ。


 そこからは、まだ呼ばれていない三期生も感情を顔に出せなくなってくる。

 三期生含む5名が二列目に配された。

 年少組の中から、志藤星。星の一つ年上の築井アルアつくいあるあ、そして年長組からは宝子山珠美の3名。そして一期生の宿木ももと根来祥子ねぎししょうこが選ばれた。

 フロントメンバー含め、二列目まで10代のメンバーになっているのは何かしらの意図があってのことだろう。曲のイメージに合わせたのか、それともグループの持つ若さというイメージを見せたかったのか?

 どうあれ、根来祥子はカメラの外でこぶしを握っていた。

 前の体制では前に出る機会の少ないメンバーで、一つ年下のダンス巧者宿木ももとエースの世代の美祢たちに挟まれた狭間の世代だったこともあり、画面に映る機会の少ないメンバーだ。

 それがようやく報われた。初めて三列目以外のポディション。

 そんな表情にも出せない感情が、手に出ていたのを三期生は見逃さなかった。

 

 グループを構成するピースであることを喜んでいた三期生。

 だがそれは始まりでしかない。

 何より二列目の中央に配置された、同期の志藤星。

 それが運営側の期待であることは明白だった。

 思わず目で追ってしまうような、顔だち。

 そこからは考えられないような、奔放な性格。

 パフォーマンスでは髪先までコントロールしているのかと、疑ってしまうダンス技術。

 同期とは言えそのポディションに納得すると同時に、先輩メンバーの苦悩が理解できてしまう。

 注目を集める頼もしい同期であると同時に、自分たちの思い描くアイドル活動に立ちはだかる一番近い壁が志藤星なのだ。

 闘争心というグループアイドルにとって不可欠な要素は、こうして養われていくのかもしれない。

 

 そんな空気の中、ただ一人苦い顔を隠そうとしないメンバーがいた。

 高尾花菜。

 彼女はフロントメンバーに選ばれたにもかかわらず、うれしさを微塵も感じさせない表情をしている。

 また美祢のとなりに立ってしまったから。

 自分がセンターではないにしろ、その関係性上比べられる位置に一番いて欲しくないメンバー。

 一緒に画面に抜かれたくはない親友がそこにいるのだから。

 あの時、見限られた親友の顔から最も近い位置が、花菜にとってこれ以上ないプレッシャーであることを運営もメンバーも知らない。

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