三百三十五話
はなみずき25の記念すべき10枚目のシングルは、2月初旬の発売が決まった。
そしてメンバーのうち高尾花菜、賀來村美祢、西村菜月の3人が高校を卒業する。区切りとしても大事なシングルとなるだろうとファンは思っていた。
そう想っていた矢先、花菜のブログで高校を中退しアイドル活動に専念することがファンに伝えられ、少なからず動揺するファンもいた。
アイドル活動に専念するということは、当然ながら仕事に専念するということ。花菜のメディアへの露出が増えるのではないかと期待してしまう反面、今や義務教育と同等の高校卒業資格を持つことのない花菜を心配してしまうファンもいた。
そんな動揺の中、10枚目シングル『雪の積もる傘の下で』のフォーメーション発表がされた。
節目である高校卒業を控えたメンバーもいるということで、そのポディションに注目が集まる。
ある種予想しやすいとされたフロント・センターを含む前列3名は、ファンの予想通り同級生の3人に任されたのだ。
花菜と菜月に挟まれる美祢。
はなみずき25のセンターも3回目ともなれば、美祢の姿にも違和感を感じるファンは少ない。
問題は花菜と菜月だ。
花菜はその膝の怪我から、未だに完全復帰とは言えない状態。
かつての絶対エースの面影は、まだまだ遠く感じてしまう。
そんな花菜よりも不安要素だと言われてしまうのが、西村菜月だった。
かつて一度はフロントメンバーに選出された、ファンも認める人気メンバーではある。
しかし、花菜のとなりでパフォーマンスしていた菜月を喜んだファンは少ない。
そのポディションから来る重責に耐えられなかった過去の菜月を知るファンは、その位置にいる菜月がまたあんな精神状態になるかもしれないと不安を隠せない。
それに加えて、このシングルから合流する三期生。
普通のアイドルグループであれば、場慣れさせるために収録曲はあるが、デビューしてすぐに表題曲への全員参加というのはあまり聞かない。
まだ先輩メンバーからすると、見劣りしてしまうパフォーマンスに疑問を持たれてしまうのはしかたがないのかもしれない。
だがそんな心配をよそに、菜月も三期生たちもその表情は明るい。
菜月は新しく増えた後輩たちに、自分も頼れる先輩なんだと見せるために、自分の中の不安に蓋をして堂々と前列に立つ。
そして三期生もこんなにも早く先輩たちと同じステージに立てる。その緊張と共に喜びが顔から漏れている。
変革の時と言うのは、外も内側も色々な不安が付きまとう時期でもある。
それを楽しみ、喜べるはなみずき25というアイドルグループは、どこか強さを感じさせるのだった。
この10枚目の『雪の積もる傘の下で』は、恋愛をテーマに描かれる明るい曲となっていた。
相々傘の下、雪に街の音が吸収された静かな通学路。もうあと何回かしか一緒に歩くことができないと、思いにふける男女の姿が描かれている。
ミディアムテンポのメロディーに、その情景を浮かべればアイドルたちの歌声も相まって明るくも、どこかもの寂しさを感じる曲になっている。
それでも最後は来年の今頃も一緒にこの道を歩こうと誓いあう、未来への明るさで締められていた。
そんな明るさを思わせる表題曲とは対照的な、カップリング曲の『あなたを想う日々は』は、すれ違う二人を見ていることしかできない苦悩や葛藤をテーマにしている。
表題曲よりもテンポの速いメロディーが、主人公の自己嫌悪や怒りを表していた。
この二曲の対比が、前列の3人の年齢を際立たせていた。
大人と子供の狭間といわれる十代後半という年代。
揺れ動く心の振れ幅を表現しているのではないかと、考察班まで出てくる始末。
何より道を違えた親友である美祢と花菜、その隣にいる仲のいい同い年のメンバー菜月。
そんな普段の立ち位置にリンクまでさせてしまうのだから、ファンの想像力は恐ろしい。
もしかして、今後は美祢と菜月がペアで売り出されることの示唆ではないか? いやいや、より美祢と花菜という親友メンバーを前面に推して行くのではないか? など様々な憶測が生まれていた。
そしてカップリング曲を作詞した四代目主水之介が描いた三期生楽曲『あなたの場所まで』という、三期生の希望に満ちた底抜けに明るい楽曲が収録されていることも話題に上る。
四代目主水之介の師匠と認識されている安本源次郎は、よく担当するアイドルの心情を取材してそれを歌詞に落とし込むことでも知られている。
そんな安本源次郎の弟子が、もしかしたら同じようにメンバーの心情を歌にしているのかもしれない。
この明るい楽曲を歌っている三期生の中に、カップリング曲の主役が隠されている可能性も否定できないとファンに思わせるのだった。
聞く者によって受け取り方が変わるこのシングルは、ファンの中でも隠れた名盤だと言われるようになるほど話題に事欠かないシングルとなった。
しかしこの収録曲の中で表題曲とカップリング曲は、オリジナルメンバー(発表時のメンバーによるフォーメーション)でのパフォーマンスが極端に少ないということが表立って名盤だと言われない理由だ。
何故少ないのかを知るファンは、当時のことを多くは語ろうとはしない。




