三百三十四話
「随分と重い歌詞を書いたね」
花菜と話したあと、主は何も言えないままダンススタジオを去った。
そして兵藤に安本との予定をキャンセルすることだけを伝えて、自宅まで戻っていた。
納得できなかった第4稿を投げ捨て、新しい歌詞を書き始める。
頭の中には美祢の姿と花菜の姿が交互に浮かんでくる。
自分の先を行く互いの幻想に追い付くため、傷ついても笑い走る二人の姿が。
頭の中の二人に何度も何度も立ち止まれと、となりを見ろと叫んでいた。
互いの顔を見ようとしない二人に、嘆き悲しみ、苛立ちながら、噛み合わない二人を見ていることしかできなかった。
そんな二人への想いと自分への不甲斐なさを、ただキーボードに叩きつけるしかなかった。
「だけど、嫌いじゃないよ」
「……」
主の描いた二人の姿と、それを見ているしかない主の視線。
揺れる彼女たちと共に揺れるしかない歌詞には、主に渡されていたどの音源にも合わない。
本来であれば、即没を言い渡されるはずだった。
だが安本は主には何も言わず、備え付けられている受話器に手を伸ばす。
「……ああ、済まない。月男を呼んでくれないか? うん、大至急だって伝えて」
「あの……」
「ああ、なんかね。もったいない気がしてね」
安本が内線をかけてから、一時間もしないうちに安本の作詞部屋にもう一人の人物が現れた。
息を切らして入ってきたのは、野島月男。安本が倒れた際、主と共にかすみそう25の楽曲製作に携わった人物だ。
「……大先生、この時間は無しって言ったじゃないですか」
「ゴメンね。月男に見せたい歌詞があってね」
「……また、こいつのですか?」
主の顔を見て、心底嫌そうな表情を見せる野島。
いつかのように突っかかってくるのを予想していた野島は、いつまでも顔を上げない主を不思議そうに見下ろしている。
「……っんだよ。調子狂うな」
悪態をつきながらも野島は主の横に腰を下ろす。
風体通りに主を威嚇するような座り方をしても、主の顔は上がらない。
もしかして、別人か? そう想い始めた野島は安本に差し出された歌詞を首をひねりながらも覗き込む。
「わるいんだけどさ。それに音乗せてくれる?」
「ハイハイ。……おい」
「……」
「おいって!」
呼びかけに応じない主の肩をこずいて、自分のほうへと意識を向けさせる。
「なんですか?」
叩かれたからなのか? それともその前からか?
主は不機嫌そうな顔を野島に向ける。
「んだよ?」
その主の表情に引きずられるように、野島は臨戦態勢を整えようとしていた。
前々から気に入らなかったコイツの面を、一発……っ!!
「こらこら、君たち喧嘩はあとでにしなさいって」
「……」
「ッチ! で?」
野島も安本に言われて、ようやく本題に入ろうとしている。
だが主には何を聞かれているのかわからない。
答えない主に苛立つ野島に苛立つ主。
「なんですか?」
「メロだよ! どんなイメージなのか聞かせろって」
「主語抜かしておいて、その態度は……」
「はぁ!?」
「あのね、そろそろ僕も怒るよ?」
一向に話が進まない様子に、安本も不機嫌を隠さないようになった。
流石に安本を敵に回していいはずがないと、二人は背筋を伸ばして互いを向き合う。
「どんなイメージだ?」
「……そうですね。暗い部屋で答えが出ないで悶々としてる感じです」
「ふぅ~ん。怒ってはいるよな?」
さっきのことではないのは、その表情から分かった。
歌詞を見ながら主の表情をみようとしないから。
「そうですね」
「なら、少し走っててもいいかもな」
「ゆっくりではなく?」
「根底は優しさでも、出てくるのは何もできないって焦燥感だろ? けど言葉にそれが無いならメロで作るしかないだろ」
歌詞への考察から曲のイメージを創り上げていく野島を感心したように見てしまう主。
そんな視線を不愉快そうに受け止めるが野島だった。
「何見てんだよ」
「いや、本当にミュージシャンなんですね」
「おいおいおい。なんだと思ってたんだよ? 俺をよ」
「ただただ、無礼な人だとしか……」
「大先生! コイツ本当に殴っていい?」
二人のやり取りに、呆れたようなため息を落とす安本。
「たがら、後にしなさいって。それで?」
「あ~、時間はない?」
「早い方がいいね」
顎に指をあてながら、野島は宙を見て考える。
そして遠慮がちに指を二つ立てる。
「2週間かな?」
「なら、飲みに行かなけりゃ1週間でできるな」
「大先生! そりゃないよ~!!」
「大至急頼むよ。……お礼はするから」
安本に頼まれ、渋々席を立つ野島を見送り主は安本を見る。
「ま、今回だけだからね。……これをカップリング曲にしようと思う」
「かすみそう25のですか?」
「いや、はなみずき25のさ」
安本の言葉に驚いたような表情を見せてしまう。
「……良いんですか?」
「締めの曲ではないけど、まあね。課題は出来たみたいだし」
もっと寄り添え。
そう安本に言われていたことを、ようやく思い出した主は思わずそれを素直に口にする。
「そう……でしたね。忘れてました」
「はぁ~、まいったね」
どう誘導すればいいのか。
安本は笑うしかなかった。




