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三百三十一話

 高尾花菜の高校自主退学。

 それを美祢が知るのは、当然ながら割と早い段階で知ることになった。

 朝登校して目にするいつもの教室、いつもの顔ぶれ。その中にただ一つだけ、親友の姿がないのだから。

 そして担任から告げられた花菜の退学の報告。

 クラス中が美祢を見ていた。

 だがその美祢はその報告を聞いた途端、教室でカメラを探す始末。

 美祢の取った行動は周囲に奇行として映り、美祢にもまったく知らされていなかったのだと理解するに足りる行為だった。

 久しぶりに学校。残り少ない高校生活で、心待ちにしていたはずの教室が、美祢にとっては異界に迷い込んだのかと錯覚するほどの違和感を与えていた。

 学校と担任教師が調整してくれた補習授業は、全くと言っていいほど上の空だ。

 その様子に、担任教師も見かねて早くに切り上げてしまうほど。花菜のいない美祢は正常には見えない。


 美祢は下校するなり、事務所へと駆け込む。

 まっすぐに兵藤の元を訪れて、兵藤のデスクを叩いて抗議の声を上げる。

「なんで! なんで教えてくれなかったんですか!?」

 そうか、同じ高校なんだからもう知ってって当たり前かと、兵藤は天井を仰ぐ。

 そしてゆっくりと美祢を見て、花菜の言葉を伝える。

「本人が、高尾が賀來村には言わないでくれって言うからさ。それに、直ぐにわかることだからって」

「そんな……」

 自分に黙ってそんな重大な決断をしたのかと、美祢の足元が揺れる。

 兵藤の目にも美祢の動揺は明らかだ。

 兵藤は支えるように、美祢の肩を押しながら美祢に自分の気持ちを伝える。

「アイツも覚悟をして決めたことだ、尊重してあげてくれ」

 美祢は兵藤の言葉が届いていないかのように、顔を上げる。

「おじさんたちは……?」

「ご両親も本人が決めたらなって」

 もちろん、高校中退という決断を両親に伝えていないわけが無い。

 そして、一定の理解を示したから書類を提出できたのだ。

 そんな簡単なことをわからないはずがない。

 だが、美祢にとっては兵藤の言葉の全てが異言語なのかと思うほど、理解できない。


 何度も同じ質問をされ、兵藤はそのたびに同じ言葉を美祢に伝える。

 兵藤の表情は一切変らない。

 多感な時代をマネジメントする兵藤にとって、初めての経験ではないがこれほど食い下がる美祢のようなアイドルは珍しい。

 それほどまでに、美祢にとって花菜が重要なのだと改めて理解することになる。

 ようやく兵藤の言葉の翻訳を終えた美祢が再起動する。

「そんな、そんなのって……っ!」

 走り出そうとする美祢の手を掴み、何とか引き留めることに成功した兵藤。

 その手を振りほどこうとする美祢の手を、しっかりと握りしめる。

「どこ行くんだ?」

「花菜のところです。レッスンスタジオでしょ!?」

 退学の理由を聞いた美祢が想像した場所に、花菜は確かにいる。

 だからこそ、兵藤は美祢の手を離すことはできなかった。

「賀來村! 少しの間でいい……そっとしてやってくれないか?」

「だって!」

 兵藤の懇願を聞いてもなお、兵藤の手を振りほどくことに力を注ぐ美祢。

 その姿は、いよいよ異常性を感じずにはいられないほど。

「頼むよ……。それに、お前は仕事入ってるだろ?」

「そう……ですけど……」


 仕事と聞いて、美祢の抵抗が弱くなる。

 美祢にとって、花菜の存在は重要だ。

 だがそれと同じくらい、はなみずき25という花菜と自分が所属するグループも大切。

 あの仕事の減っていた時期を思い出すと、美祢は足を止めざるを得ない。

 三期生が持ってきてくれたに等しい、自分の仕事。

 それを疎かにするなど、美祢には到底できることではない。

 ここで自分を優先して、再びあの閉塞感がグループに蔓延してしまったら。

 振りほどこうとしていた兵藤の手ごと、美祢の手が力なく下がっていく。


 ようやくわかってくれたアイドルに、兵藤はまた優しく声をかける。

「それに気持ちの整理は、本人が一番必要なんじゃないか?」

 重大な決断をした花菜。もちろん時間をかけて答えを出したはずだ。

 だが、失って初めてわかることもある。

 それを噛みしめる時間を邪魔していいわけではない。

「……わかりました」

 美祢は力ない足取りで、現場に向かおうと歩き出す。


「あ、兵藤さん。下に先生が……」

 美祢を見送る兵藤に、部下から報告が入る。

 安本から当分の間、はなみずき25との仕事が入らないよう調整の指示が入っている人物。

 @滴主水がビルの下に姿を現したという報告が入る。

 本当であれば、美祢を理由を付けて押し留めるのが正解なのは、兵藤にもわかっていた。

 いや、安本の部下として本来はそう動くべきなのも理解していた。

 だが美祢の背中を見てしまった兵藤は、そのまま美祢を行かせるのだった。


 @滴主水、いや佐川主という人物に賀來村美祢というアイドルを任せなくてはいけない。そんな自分の力不足を痛感しながらも、兵藤は主に願うしかなかった。

 どうか、賀來村美祢を笑顔にして欲しい。

 はなみずき25のために、賀來村美祢をアイドルとして起き上がらせてほしいと。

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