三百三十話
毎年のことながら、アイドルの年末は忙しい。
年末のライブ、各種イベントの華、テレビ番組の特番と歌番組。
一時期下降線をたどっていた、はなみずき25も三期生が加入したことで再び注目を集め忙しい日々を過ごしていた。
「はぁ……」
「美祢どうした? ため息なんて」
「メグさん……二代目、聞いてもいい?」
あと何日かすれば、誰もが浮かれる新しい年を迎えようというのに、美祢の表情は暗い。
最近はなみずき25の周囲に現れなくなった、あの作家先生が恋しくなったのだろうか? そんなことを考えたはなみずき25の新しいリーダーである香山恵は思わず小声になってしまう。
「……なんだ?」
「何で小声? まぁいいけど。メグさんの高校生活ってどんな思い出ある?」
「あ? そうだなぁ……普通じゃね? みんなと遊んでとか」
「だよね~。……私何にもなかったなぁ」
ああ、なんだ。美祢は後悔しているのだと恵は理解した。
自分はスカウトされていたものの、特別大きな仕事があったわけでもない。だから高校生活を満喫していた。だが、美祢は高校生になった時にはもう、はなみずき25のメンバーだったのだ。
アイドルになったからといって、高校生活に憧れが無くなるモノではない。
だが、忙しく仕事をしていた美祢にとっては、思い描いていた高校生活ではなかったのだろう。
アイドルとして持つ夢はそれ以外では成しえないものだ。
だが、そのために払った代償が惜しくないわけではない。
人並の思い出が眩しくないわけではないのだ。
二度とは訪れない、高校生という特別な3年間。
それを振り返って、何も特別ではなかったあの日々が何よりも楽しかったと思えることを美祢はまだ知らない。
恵は思うのだった。
たぶん今の美祢の感じている後悔さえ、いつの日か美祢は楽しいかった思い出に感じるはずだ。
「大丈夫だよ。まだ終わったわけじゃないだろ?」
「そうだね。思い出はこれからも作れるもんね!」
「そうだなぁ。……仕事次第だけど」
「ちょっとメグさん! 嫌なこと言うのやめてよ!」
珍しくじゃれ合う美祢と恵。
そんな光景をただ眺める人物がいた。
花菜は美祢の声を聞きながら、どうしても心の乾燥を感じずにはいられなかった。
あの美祢のいる位置まで、帰るにはどうしたらいいのか?
年末特有の焦りとは違う焦りを感じていた。
◇ ◇ ◇
「はぁ……年末も年始も先生に会えなかったなぁ」
新年を実家で過ごした美祢は、帰ってきた一人自室でぼやく。
三期生曲を書き上げた主は、かすみそう25のアルバム制作に追われているらしい。
そのせいか事務所でも、レッスン場でも主の姿をみることは無い。
高校生活ラスト2カ月。
出来れば、高校生活の最後の思い出は主との思い出であってほしい。
そんな下心がふいに頭をもたげる。
「いやいやいや!」
美祢は浮かんでくる妄想を振り払って、現実を見ようと切り替える。
確かに主とは親しくしている自覚はある。
だが、それが即恋愛に発展するかといえば、そうではない。
何度もカッコ悪くも面倒な涙を見せてきた。
主の恋愛対象から外れている可能性も少なくない。
しかし、しかしだ。
あれほど、自分の夢を応援すると言ってくれる主に期待が無いわけでもない。
もしかしたら、もしかするのでは?
自分に都合のいい妄想だとわかってはいても、ついついその妄想に浸ってしまう美祢がいた。
明日は、もしかするといい日になるかもしれない。
そんな期待に心躍る。
「あ、明日は学校いけるんだ」
不意に目に入ったカレンダー。
新年最初の登校日。
若干足りなくなっている単位取得の補習授業がある日でもあるが、それも一人ではない。
花菜も卒業に必要な単位取得のために補習に出てくるはず。
最近滅多に話す機会は無いが、学校という空間なら前のように話せるはず。
あの日の頃のように、何もないあの日の頃のように。
少しの寂しさが美祢の心に風を吹かす。
「……花菜」
◇ ◇ ◇
「本当にいいのか?」
「もう、……提出してきたもの」
「あと……2カ月だったじゃないか」
「私にはもう……中途半端なことやってる暇はないの」
花菜と兵藤は、美祢と花菜の学校に来ていた。
兵藤の沈痛な面持ちが、ただ事ではないことを示していた。
「賀來村には言わなくていいのか?」
「言わなくっていいよ」
「だがっ!」
「これは、私の人生なんだから!」
賀來村美祢と高尾花菜。二人は幼なじみで親友で、同じ学校に通う同級生。そして同じアイドルグループに所属している。何より、同じ人を好きになった特別な関係。
この日、その二人の関係の一つが消える。
新しい年を迎え、あと2カ月もすれば短くも長く感じていた高校生活が終わる。
美祢ももう間もなくJKではなくなるのだと、想いを馳せたこの日。
花菜は一足早く、高校生活に別れを告げたのだった。




