三十三話
「すっごく大きな会場でやるんですね」
碕木美紅は、目の前に写る光景にじゃっかん腰が引けている。
視界には、青空の下いくつものステージが建設されている。一つ一つがはなみずきのアリーナツアーで見たステージ規模だ。
正面にあるメインステージは、他のよりも一回り大きい。
「あそこに立つんですね」
「安心しな、お前らはおまけだから。あたしらの後なんだ、転んでも沸くぐらいに暖めてやるよ」
逃げ出しそうになる美紅の肩を香山恵が抱きあげる。
「そうそう、このステージはお祭りだから楽しまないとね!」
髪の毛をゆるふわにした花菜が美祢の腕に絡み付いた状態で美紅と恵の会話に参加する。
完全に誰が見ても上機嫌な花菜は、もう一ヶ月ほどこの状態だ。歓迎するメンバーもいるが、大半のメンバーはそろそろ目を覚ましてほしいと願っていた。
「やあ、はなみずきの子猫ちゃんたち。久しぶりだね」
話しかけてきた身長のやけに高い物体に、美紅は警戒心を露にする。
「こっちは新メンバーだっけ? よろしくね、ベビーちゃん」
その高身長の物体は、端正な顔立ちで、道行く女性たちが振り返るのを拒否できないだろう顔立ちをしている。
言うなれば、ただのイケメンではなく真っ正面からの色男だ。
言葉がやけに気取ってるのを目をつぶれば、だが。
「おお、水城じゃん。久しぶり」
「恵、会いたかったよ。今度ご飯でも一緒にどう?」
「OK、OK。今度休み合わせて行こう!」
勝ち気な恵が、高速道路かと間違える速度でデートの約束を取り付けられていた。
「花菜もどうだい? 最近やけに可愛くなったから間近で秘訣を知りたいな?」
「え~、私に秘訣とかないから」
「そんなこと言わずにさ」
恵だけでは飽き足らず、その触手を花菜にまで伸ばそうとしている。
美紅はたまらず止めにはいる。
「ちょっとなんなんですかあなたは! 先輩たちを次から次へとナンパして」
「おっと、怒った顔も魅力的だね。君も来るかい?」
「軽い男はお断りです!」
美紅の言葉に周囲の時間が止まる。
「っあははは! そうかそうか。なるほどね!」
水城は吹き出し、何かを納得していた。
「……美紅さん美紅さん、この方は女性です」
「パイセン、そんなこと言って騙されませんよ私。……ちょっと何するんですか!」
納得しない美紅の手を水城は強引に引き、自分の胸へと押し当てる。
「これでもまだ男と思うかい? ベイビーちゃん」
そこにあったのはまごうことなき女性の胸だった。しかも美紅よりも多分大きいものがぶら下がっていた。
「……うっそ」
「まあ、それが僕のウリだから。警戒してくれるなら本物ってことだよね」
ウィンクする顔もどう見ても男でしかないと美紅は混乱している。
高笑いしながら手を振り去っていく姿まで、まるでお芝居に出てくる色男そのものだった。
「美紅ちゃん、ナイッスーだよ」
未だに混乱している美紅に駆け寄る園部は、美紅をこれでもかと褒めたたえる。
「……お園先輩、あの人なんなんですか」
「あの人は水城晴海。リリープレアーってグループの現センターなの」
リリープレアーというグループはいささか特殊なグループである。
女性メンバーのみで構成されたグループでありながら、メンバーに男装メンバーが存在し、しかもグループ内の恋愛を解禁しているという設定だ。
最初はメンバー同士のじゃれ合いの延長だと思われたそれは、見る者にもしかして本気なのでは? と思わせるような言動がふんだんに散りばめられており、もはやカップリングしながら応援するのが常識となっていた。
その姿は最初こそ色物見たさでライブに参加していた人たちを虜にしていった。
ファン層ははなみずき25とは違い、男女比4:6と女性ファンが多いことが有名だ。百合好きと男装好き、果ては男子同士のじゃれ合いが好きな女子を取り込み倒錯的な歌詞と絡み合うような振り付けがウケている。もちろん女子同士のじゃれ合いが好きな男性ファンもターゲット層に入っている。
「でね、私はあの人ガチなんじゃないかと疑ってるの! うちのメンバーに伸びた毒牙をよく防いだわ。美紅ちゃんえらい!」
熱弁する園部を恵が止める。
「あのね、水城はちゃんと女のコだよ。お園が心配するようなことないって」
「わからないじゃないですか! 私めぐさんのダブルウェディングドレスの挙式なんかに絶っ対! 参加しませんからね!」
「いや、その前に私が堕ちる前提やめてくれない? 私は普通に男好きだから」
「アイドルの会話でこれ正解なのかなぁ」
美紅が頭を抱え落ち込んでいく。




