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三百二十九話

 美祢が主の胸の中にいた時、花菜は自室で虚空を見つめていた。

 全国ツアー、しかも自分の復帰した、謂わば主役のツアーで、失態を演じたからだ。

 今までパフォーマンスに悩んだことなど無かった。それなのに『花散る頃』のダンスを全うできなかった。

 あの日から、花菜の中でダンスとは何か? 今までどうやって来たのか? そんな疑問ばかりが頭の中を占拠していた。

 もう花菜の不調は、『花散る頃』だけにとどまらなかった。

 今までの楽曲も、以前はどんな風に踊っていたのかさえ分からない。

 果たしてそんな自分はアイドルなのか?

 そんな疑問まで出てきてしまう。

 心配した運営は花菜に休養を勧めていたが、花菜はその答えすら未だに口にできないでいた。

 今のままでいいとは思っていない。

 でもここで休んで、自分はもう一度アイドルをやれるのか?

 アイドルでなくなった自分に、何が残るのか?


 そして答えの出ない頭の中にフラッシュバックしてくるもの。

 それはあの時、花菜がパフォーマンス出来ないと判断した美祢の顔だ。

 自分ではなく、後輩の智里に送る視線。

 何かを決断したあの視線が、さらに花菜を責める。

 そして控室から見ていたその後のステージ。

 自分がいなくとも、会場は変らぬ盛り上がりに見えた。

 もう自分にはなみずき25での居場所など無いのではないか?

 そんな疑問にも涙さえ出え来ない。

 あの時の美祢の眼が、花菜の心を乾燥させる。

 

 乾燥した花菜の心には、メンバーの卒業さえ空虚に感じさせた。

 卒業したメンバーにも何も感じない。勝ち逃げされたメンバーも、勝利条件を満たしていないメンバーにも、何も。

 広く感じるスタジオも、スタジオに響いた智里の叫びも何もかも。

 体調不良とされた短い休養中、花菜の心にはそんな乾燥したなにかだけが降り積もっていった。


 そんな花菜は復帰した後の冠番組でも、不調を晒していた。

 どんな企画でもクールな素振りを崩さなかった花菜はもういない。

 一見クールに見える場面でも、無気力だったり、反応が鈍かったりとかつての花菜がいないことを知らしめてしまった。

 何とか番組スタッフも編集でそれを隠そうとしてきたが、完全に隠すことは至難の業だった。

 どうしてもそんな花菜の姿が、画面の中に納まってしまうのだ。

 もしかしたら、高尾花菜というアイドルは終わってしまったのかもしれない。

 そんな空気が徐々に制作サイドから外側に広がりを見せてしまう。


 そんなことは無いとあきらめない視線が二つだけあった。

 美祢と主だ。

 あの高尾花菜がこんなところで終わるわけが無い。

 美祢は自分の夢のために自分に強く言い聞かせ、主は美祢の夢のために動くのだった。


 ◇ ◇ ◇


 三期生のお披露目ライブも終わり、新曲の制作がメンバーに伝わったころ。

 主はどうにかできないかと、悩みながら安本の元を訪れていた。

「ダメだ」

「……どうしてもですか?」

「これじゃ使えない」

 安本に提出された歌詞が、また没になった。

 それでも食い下がる様に問う主に、安本の冷たい声が響く。

「あの二人の関係性としては弱いし、一般論では特殊過ぎるシチュエーションだ。誰に向けた曲なんだい、これ?」

 花菜だけに向けた取って付けてような励ましの言葉が並ぶ歌詞を、安本は苦い顔で見直す。

 やはりどう見ても価値を見出せない。 

「彼女たちを描きたいなら、もっと彼女たちをよくみないと」

「見ているつもりです」

「客観的に冷静に、観察できているか?」

「そ、それは……」

「君はいい人なんだろう。だがそれで彼女たちを描けるの?」

「……」

「大方、彼女たちをセンターにしたいから描いた歌詞。そうだろ?」

 安本の冷静な分析が主に刺さる。

 誰よりも彼女たちを見てきたと知らず知らずに錯覚していた主のフィルターに、安本は大きな穴をあける。

「もっと彼女たちに寄り添いなさい。もっと彼女たちの懐に入って感情をかき乱しなさい」

「そんなことっ!!」

 出来るわけが無い。

 そんなことをして、関係性が崩れてしまったら?

 恐れるあまり、踏み込めない主を見透かした言葉だった。

 果たして、主の恐れは誰とのことなのか?

 それを決めきれない、意志の弱さ。


 主の表情を見てため息を落とす安本は、主に告げる。

「なら……当分、かすみそう25に専念しなさい」

「っえ!?」

「三期生曲のお陰で、契約的には問題ないだろう」

「ですがっ!!」

「僕はね、彼女たちの物語をこんな駄作で締めくくりたくは無いんだよ」

「っ!! ……」

 はっきりと駄作だと言われ、主は言葉もない。

 主もわかってはいたのだ。

 自分の言葉が、恐らく花菜には届かないであろうことを。

 届かない言葉を幾つ並べたところで、そこには何の感情も生まれない。

 言葉を仕事にしているのに、その力を十分に発揮させられないのは、彼女たちの間に割り込む勇気がないから。

 生来の停滞グセで、望む言葉さえ掴むことはできない。

 主は自分の不甲斐なさを痛感していた。

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