三百二十六話
三期生の合宿が始まり数日が経った頃、安本に主からのメールが届く。
たわいないあいさつのほかには、添付ファイルが付けられた質素なもの。
その添付ファイルは、主の描いた三期生紹介小説と三期生楽曲の歌詞だ。
当初の予定よりも断然に速い主の原稿提出。
何に刺激を受けたのか、原稿の量もこれまでにないほどの容量を寄越された。
先ずは歌詞を確認しなくては。安本は内容を確認する前に添削用の原稿として紙に出力していく。
さて、今回のクオリティーはどんなものだ?
主こと四代目主水之介という作詞家は、浮き沈みが激しい部類の作家だ。
当たり障りのない詞を書いたかと思えば、安本でも目を見張るような詩を書きあげることもある。
それが顕著に出てくるのが、第一稿なのだ。
だからこそ、安本は自分の作業を止めてまで主の原稿の添削作業をしなくてはいけない。
自分の机を見て、出来れば簡単な添削で終わってほしいと願ってしまう。
「……ん?」
安本が原稿を見ると、その眉間にしわが寄る。
歌詞からメロディ―が読み取れず、主に渡してある音源を再生する。
「ああ……」
音源と歌詞を追いながら納得したような声を上げるが、安本の表情は変わらない。
「ふん……」
終わった音源を再度流しながら、また歌詞へと集中していく。
「なるほど」
ようやく主の挙げた第一稿から目を離す。
「……」
思わず天井を見上げて固まる安本。
そして安本は現世に帰ってくると、顔を紅くして頭を抱える。
「おいおいおい! 何を書いてるんだこの子は!?」
誰もいない作詞部屋で、安本の声が響く。
「いや、知ってるけどさ! こんな……どうするんだ!? もう隠す気もないってことか!?」
そこにはいないはずの主を詰問するように、安本一人声を上げる。
「君が賀來村くんを好きなのは知ってるけどさ! それを臆面もなく書くかね!? あれか!? 僕への決別宣言だとでも言うつもりなのか!?」
そこに書いてあったのは、もう美祢へのラブレターと表現して差し支えのないものだった。
彼女をどれほど好きなのかを叫んでいる歌詞。
まるで理性のタガが外れてしまったかのような、お花畑と表現するしかないものだ。
「どうしてこうなった!? 一体君に何が起きたって言うんだ!?」
安本はもう一つの作品を開いて、慌てて文字列を追う。
歌詞でこれほど前面に出してきたほどだ。本業の小説にもその残り香が隠れているはず。
そして読み始めると、あるメンバーの項目で目が留まる。
志藤星の紹介文。そこに書かれていたのは、星が抱く美祢への尊敬、崇拝、恋慕といったあらゆる好意。
「ああ、なるほどね。そう言うことだったのか……焦らせるなよ」
そう、主の描いた三期生楽曲は星がアイドルを目指すことになった始りの歌だった。
小説を読み進めれば、ほかのメンバーも美祢への尊敬を抱いているのがうかがえる。
何より先輩メンバーとして美祢を意識していないメンバーはいない。
そう言う意味でも三期生の歌としては、大きく外れてはいないと言える。
外れてはいないのだが……。
「う~~ん。良いのかなぁ?」
何かを勘違いされかねない歌詞。果たしてそれを商品として発表して良いものかどうか?
赤い鉛筆を顎に当てながら思案する安本。
何度も鉛筆を動かそうとしては、思い留まる。そのたびにため息をついてしまう。
どう直せばこれを商品にできるのか?
出来れば紙と鉛筆を投げ捨てたい衝動をなんとか押し殺して歌詞に集中する。
だが、視覚情報に映るのはラブレターと思しき歌詞のみ。
「~~~!!! ……はぁ」
安本は疲れた様子で、主への返信メールを書き始める。
「お、来た来た。何々? ……保留!? え? どういうこと!?」
安本が出した答えは、保留。もっとテイストの違う歌詞を作り直せという指示だった。
端的に言い換えれば、没だということだった。
しかし、いつもの安本であればもっと簡単に没を伝えるはず。
今までに見たことのない保留という言葉に、主は慌てていた。
三期生楽曲センターの志藤星をイメージした歌詞。それは安本源次郎も時々やる手法の一つ。
それをオマージュしてみたのだが、それが駄目だったのだろうか?
もしかすると、メールではなく直接お叱り受けるのかもしれない。
未だに本気で怒る安本を見たことのない主は、その未知への恐怖におののいている。
「あの……もしもし。松田さんですか? 本っっ当に申し訳ないんですが安本先生へのアポイントと喜ばれそうな菓子折りをお願いしていいですか? ええ……はい。やってしまったかもしれません」
即座に謝罪を決断した主は、マネージャーの松田へ連絡を入れるのだった。
……もちろん後日大笑いされたのは言うまでもない。




