三百二十四話
はなみずき25の三期生オーディションは無事に終わり、動画サイトで12人の個人紹介用の映像が公開されると新しいアイドルたちの話題でネットはにぎわっていた。
そして彼女たちのお披露目の日程も告知され、初めてのパフォーマンスに期待を寄せるファンがあらゆるSNSや掲示板で、その日を待ち望んでいた。
そして当の三期生達は、はなみずき25とかすみそう25の御用達の合宿所で記念すべき日に向けて特訓を行っていた。
もちろん主も同行して、初々しい三期生と共に3週間の合宿に参加していた。
前を走っている三期生たちは、その若さのお陰かランニング中だというのに賑やかだ。
そんな賑やかな三期生達とは正反対の鉛色の空、凍てつくような海風に負けた主は、自転車をこぎながらその様子を観察していた。
「髪がごわつく!!」
「ぶっ! ペッペッ! 志藤星!! 走る時ぐらい髪の毛結びなさいよ!!」
「いやっ! 一度も結んだことなのに!!」
「髪の毛が口に入ってくるの!!」
「やだ! 食べないでよ!! っていうか触らないで」
志藤星を中心に三期生の年少組の声が聞こえてくる。
少し反目しているような様子もあるが、まあ許容範囲内とみるべきだろう。
最年少は今回も三人いる。志藤星、右馬敦海、坂東龍美の3人は13歳とかつてのかすみそう25の最年少トリオを思い出させる。
志藤星はその人形のような顔だちとは違い、活発で少々騒がしい性格をしている。
初対面から一番印象の変わったメンバーだ。
そしてさっきからやたら志藤星に絡んでいるのは、右馬敦海。
志藤星に自信をへし折られる受験生の多いなかで、明確に星をライバル視している勝ち気な性格だ。
そして坂東龍美は、そんな騒がしい二人の後ろを黙ってついて行ってる。
一見すると二人に引っ張られているかのようだが、そうではない。
同い年ということで、今後何かと比べられるであろうこの二人には、絶対に負けはしないという闘志をその眼に宿している。
そんな三人組を主は微笑ましく見ていた。
「さすが年少組はどの期でも元気だね」
関係性は違うと思いつつも、彼女たちについついかすみそう25の三人娘を重ねてしまう。
「@滴先生? なんでついてきてるんですか?」
自転車の上で、三人娘をにこやかに見ている主にメンバーが疑問を口にする。
彼女は宝子山珠美、三期生では年上組となる19歳。
はなみずき25と@滴主水の関係性は聞かされているが、アイドルの合宿に事務所関係者でもない男が参加している現状、しかもこうして寒空の中ランニングにまでついて来るのを訝しんでいる。
年上ということで、何かあったら守らないとという心理が働いているのかもしれない。
「こういう時のほうが観察のし甲斐があるんだよ」
「……観察」
主の答えに、珠美の視線が厳しくなる。
もしかしたら? からやっぱり! に代わっていくのを主は感じ取る。
そして慌てて勘違いだと説明し始める。
「違う違う! 僕のお仕事はきみ達のキャラクターをファンのみんなに届けることだから」
「……キャラクター?」
@滴主水の仕事を理解したうえで、珠美は主が何を言っているのか理解に苦しむ。
キャラクターを届けるとは?
自分の理解できない答えをした主への疑念は強くなるばかりだ。
「そう、かすみそう25のCD特典知ってるでしょ?」
「小説?」
「そうそれ。それをね、特典映像と一緒にファンのみんなに見てもらうのが今回の仕事なの」
「へー。取材してたんですね」
ようやく珠美の警戒が弱くなる。
そう言えば、そんな特典も話題になったころがあったと。もともとファンではあったが、自分の興味外の特典には頓着しないのが珠美だ。
「もちろん」
わかってもらえたと一安心する主の耳に、放っておけない言葉が珠美から聞こえてくる。
「先生は若い娘が好きだって聞いてたんで、つい……」
「誰から聞いたのかな?」
自転車を止めて、努めてにこやかな表情で珠美を問いただす。
これは言ってはいけなかった情報だったかと、珠美は視線をずらす。
「守秘義務です」
「美紅さんか近原さんだよね?」
主は確信めいたものを感じて、珠美に再度問いを投げる。
「っ! さ、さぁ?」
珠美の反応が正しいと言っていた。
いったいどっちがそんなことを……。
いや、この言い回しは埼木美紅に違いないと、確信する主。
言いがかりの主を特定した主は、当人にも言った言葉で改めて否定するのだった。
「まったく。違うからね? 僕は僕の仕事をしてるだけであって、やましいことは無いから」
「弁明されると余計に……」
「……違うのになぁ」
主の言葉で珠美の警戒がまた強くなっていく。
まだ信じてもらえないのかと、関係性の構築を急ごうと思う主だった。




