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三百二十三話

 矢作智里の一声から再度告知された、はなみずき25三期生オーディション。

 一悶着あり、応募してくる人数が減るのではないかと懸念されていた。

 しかしそこは、やはり安本アイドルのオーディションというべきか。はなみずき25とかすみそう25の過去のオーディションをはるかに超えた書類が送られてきた。

 その数約7万。落ち目だと言われるはなみずき25とは言え、安本アイドルのブランド力の高さがうかがえる結果となった。

 そして書類選考を経て、都内の審査会場へと受験生が集まるとその質に対しても感嘆が漏れる。

 

 二次審査に集まった受験生の中でもひときわ目を惹く少女がいた。

 小柄だがあまりの小顔でいったい何頭身あるのかと思わせ、その顔を見ればまるで人形のような整った顔立ちに目を奪われる。

 何より艶やかな黒髪。一度もハサミを入れていないのではないかと思わせる腰を超えた異様な長さ。

 まるで物語の中から抜け出したかのような存在に、自信を失ってしまう受験生が続出したのだ。

 そんな自信を失った少女の中の一人が、ついつい愚痴をSNSでこぼしてしまう。

 もちろん、そんな愚痴はオーディションの規約違反だとして早々に削除されてしまうのだが、それを見ていた一部のファンは相当な原石が現れたのだと浮かれた。

 彼女の名前は志藤星しどうあかり。『三期生の一番星』と呼ばれた彼女を世間が認知するのは時間の問題だった。


 最終審査会場で、主は唸るような声で最終審査まで残った少女たちのプロフィールを凝視している。

 今回のオーディションはあまりの募集の多さに質が高いとは聞いていたが、写真を見ればどの娘も大概は可愛い。アイドルとして十分に売り出せるレベルの人材ばかりだ。

 ただの一枚を抜かして、主は真剣な表情で30枚のプロフィールを見比べる。

「@滴くん。お疲れ様」

「あ、安本先生。お疲れ様です」

「どうだい? 気になる娘はいたかい?」

 気軽そうに声をかけてきた安本。それになにか含みを感じてしまうのは自分が弱い立場からなのか? それともこのアイドルに人生を捧げた男に恐れをなしているのか? 主は少しだけ汗が流れるのを感じる。

 安本の言葉に1枚のプロフィールを差し出す。

「ああ、やっぱりこの娘か。みんな注目してるみたいだね」

「そうですね。ただ……」

「ただ?」

 安本に隠しても仕方がないかと、主は自分の中にあった言葉を口にする。

「志藤さんを合格にするとして、彼女のとなりと考えると誰がいいかと悩んでしまって」

「おいおい、気が早いな。まだ始まってもいないのに」

「でも……落す気ないですよね?」

「まぁね」

 安本はよくわかったねと肩をすくめる。


 安本も忖度するわけではないが、この原石を棄ておくつもりはない。

 ただそこにいて目を惹くビジュアルと言うのは、これ以上ないアドバンテージだから。

 何より上層部が落とすことを認めないだろう。

 だが、それを面白くはないと思うのが安本源次郎という男でもある。

 原石で万人の目を惹くと言われると、研磨もカットも既定路線になってしまう。

 そこには面白い物語は存在せず、人生を商品とする生業には向かいような気もしているのだ。

「だから、こんな娘をとなりならって考えたんですけどね。もうちょっと味が欲しい気もするんですよ」

 主が見せたプロフィールに安本の顔がほころぶ。

 可愛らしい顔をこわばらせ、表情の固い写真が何とも初々しい。

 それを見せられた安本は、主を見て呆れたように微笑む。

「@滴くん。彼女たちは、はなみずき25になるために来てるんだよ?」

 もう少ししたら熱を持った言葉を口にしそうな主の出鼻をくじく安本。

「あ……」

「新しいグループをつくるわけでもなし、そう言う構想は現役メンバーに聞かれたらどうなるだろうね?」

「っ! いやいやいや!! 違うんですよ! そんなつもりは毛頭ないです!!」

「だったら、ちゃんとオーディションしてあげないと。色眼鏡も度が強いと使い物にならないよ?」

 

 安本は主をたしなめつつも、良い傾向だとほくそ笑む。

 今の主は間違いなく、志藤星を中心に物語を形成しようとしていた。

 自分の中にある物語と、他者の持つ物語のすり合わせをしようと無意識に試みていたのだ。

 後継者なんて言葉を使いはしたものの、そんなつもりは全くない。

 彼は彼の手法で、自分は自分の手法でアイドルを創り上げる。

 そんな考えを浮かべてしまう安本は、少し焦っていたのだ。

 奥野恵美子を再誕させるという自信の夢。

 それは、もしかしたら自分の手では行えないのかもしれないと。

 長くアイドルと関わってきたからこその勘所なのかもしれない。

 もしかしたら自分の中の奥野恵美子が肥大しているせいで、ステージに降り立っていた奥野恵美子に気が付いていないのかもしれない。

 そんな考えが、安本の中に生まれてきている。

 今はまだ必死に否定できるが……。

 そうなった時の自分の姿は目も当てられそうもないなと、自虐的な笑みを浮かべる。

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