三百二十二話
智里が番組内で涙を見せた翌日から、掲示板ではさっそく動きがみられていた。
「なぁ? お前らはどう思ってんの?」
この言葉が書き込まれてから数分でスレッドが300に到達する。
「はぁ? 何がw?」
「智里の件」
「ああ、公式が何も言ってないんだから、次が二期生なんじゃねーの? 知らんけど」
「俺は智里が二期生っていうか、つぼみが二期生だったで良いんじゃないかと思ってんだよね」
「いやいや、それは違くね? 元々名義貸しつーかさ、ほぼ別のグループだったじゃん」
「でもさ……みね吉はそう思ってなかったんだろ?」
「はぁ? 他メンは違ったんだから違うだろ? 何でみね吉だけ発言権あんのよ?」
「当事者ってみね吉だけじゃん?」
「当事者はそうでも運営もそう思ってなかったんだろ? じゃあダメじゃん」
「正直聞いていい? 智里は何期メンになる?」
それなりに伸びていたスレッドが一気に加速する。
智里は一期とする流れも見えたが、メンバーが後輩と認識しているという理由で1.5期としようという意見、やはりつぼみ時代があったわけだから二期生が妥当とする意見も強い。
ただ掲示板の問題で何度も同じ人物が書き込まれていることが指摘されると、そんなのはファンの意見として認められないとする意見も出てくる。
そこからはファンの意見をまとめる必要性やそもそもファンが口を出してどうなるなど、議論が脇に逸れていく。
そんな中、一人の書き込みによってちょっとしたニュースになってしまう。
ネット上にある署名作成サイト。
そこに矢作智里と、はなみずき25つぼみを二期生として扱ってほしいという旨の署名が立ち上げられた。
掲示板内で多数決を取ろうという始りではあったが、一部ファンがそれをSNSに挙げて署名を呼び掛けてしまったのだ。
もちろん掲示板など見ないというファンも多いが、SNS上にそれが流れてきては思っていたことを口にしてしまう。
自分は二期生と認める、認めない。
そもそも署名なんてファンの行き過ぎた行動だと、署名自体を批判する投稿も少なくない。
だが確実に署名の数は増えていき、それに関する投稿も増えていく。
SNSという不特定多数のつながりにより、普段はなみずき25を気にしていない界隈まで巻き込んでしまう。
その騒ぎは芸能関係者やライターたちの目にも留まってしまい、ネットニュースから朝の情報番組まで騒ぎが波及していく。
その様子を安本は満足げに見ていた。
「本間君、そのまま流して正解だったろ?」
「安本先生、あなたって人は……」
番組の映像素材を見た安本は、そのままノーカットで智里の言葉を放送させた。
本来であれば、大事故の映像。
感情のまま吠える矢作智里というアイドルの姿。
そこには、本音しかなくバラエティー番組枠の外側の感情だ。
それをあえて見せることで、矢作智里というアイドルが一人の少女として映る。
少年少女の心からの涙は、何時の時代も人の心に何かを訴えるものだ。
だからこそ話題にもなる。
そう確信して、安本は全てを流させたのだ。
「安本、彼女に累が及ぶ可能性を考慮したか?」
「大丈夫さ、彼女……矢作智里はアイドルだからね。彼女は僕たちが見初めたアイドルなんだよ?」
同席していた役員の尾能は難しい顔をしていた。
確かに話題作りとして、今回の騒動は十分な働きをしてくれた。
売り上げの芳しくなかった2枚目のアルバムと9枚目のシングル『スタートラインは違っても』の売り上げを伸ばす効果を与えていた。
しかし、こんな感情が先行した話題ともなると決着の仕方をよく考えないといけなくなる。
「で? どうするつもりなんだ」
「ん? そんなの三期生募集に変えるに決まってるだろ?」
「えっ!?」
尾能の質問に、さも当然かのように答える安本を見て本間は唖然とする。
さんざん企画書に二期生、二期生と書いておきながら、あっさりと変えるなんて言い出すのだ。
本間が驚くのも無理はないだろう。
「それにさ、見てくれよ。この署名人数」
そこには普段ライブではなみずき25が動員する30倍もの人数が参加している。
面白半分の者も居るだろう。何かしらの義侠心で参加したものもいるかもしれない。
だがそこには、矢作智里のために何かをしたという達成感をもたらすはずだ。
これから矢作智里がメディアに露出が増えれば、その感情は好意という形で残るかもしれない。
安本の考えでは、その感情がプラスでもマイナスでもあまり関係はない。
何かを心に残せるという、その瞬間だけがアイドルとして必要なのだ。
それにこの騒動で話題になるのは、矢作智里だけではない。
これから始まるはなみずき25の新メンバーオーディション。こちらにも注目が集まるだろうし、そこで選ばれた新しいアイドル達にも話題となるだろう。
「だから、より数の多い決着なら何の問題にもならないのさ」




