三百二十一話
先日発表になったはなみずき25の二期生募集の話は、冠番組の『はなみずきの木の下で』でも話題となった。
しかし、その話題になってから美祢は暗くなり、智里は笑顔を消してしまう。
収録中にこの二人が、こうした態度なのは珍しい。いつもならば率先して行う、軽快なガヤすらボイコットするほど。
MCの青色千号の片桐はその二人の態度が気になり触れて良いものか思案していたが、とうとう振ってしまった。よりにもよって先に智里から。
「智里さんや、なんか怒ってらっしゃいます?」
片桐のあくまでバラエティーとしての発言が、智里の琴線に触れる。
「……っ! あの、言うつもりはなかったんですけど。二期生募集って、じゃあ私はなんですか?」
美祢以外のスタジオにいるすべての人間が、智里の発言の意味が理解できていない。
「何って……なに?」
辛うじて反応した片桐だったが、人を怒らせる条件の一つである問いに問で返すという愚行を犯す。
「私は、つぼみの頃からはなみずき25の二期生になるんだって! つぼみからはなみずき25に上がるんだって! ……そのつもりでやってきました。あの頃のみんなつぼみはいつかはなみずき25に合流できるんだって、そう思ってましたよ!? それを今さら二期生を募集!? 二期生ならもういます!! 私が! かすみそう25のみんなの想いを受け取った私が! はなみずき25の二期生です!!!」
普段番組で感情を表に出さない智里が、吠えている。悔し涙を隠そうともせず、番組の意にそわないとわかっていながらも、智里は立ち上がりカメラも意識などせずに、自分の内にある悔しさを吐きだす。
智里がこうも訴えるのは、今はかすみそう25となったつぼみたちの想いを知っているからだ。
デビューができるかわからない。美祢のためのつぼみというグループ。
そこに所属し、はなみずき25というまぶしい舞台を彩るアイドルたちに憧れて踏み出したはずの一歩。いつか自分達も華ひらき、舞台を彩る夢を見ていたあの頃。
ライブでもおまけ扱いで、主役になれたのなどお披露目ライブぐらいだった。
番組でも光が当たることなど無く、カメラを向けられていた先輩たちを羨んでいたあの頃。
かすみそう25として独立はしたが、はなみずき25への想いは不消化のままだ。
そんなメンバーたちが、笑って智里を送り出したのだ。
自分達がかなわなかった夢を、智里に託して。
はなみずき25ステージに立つという夢を。
智里がここにいるために、6人の夢を摘花している。
そのことをないがしろにされたかのような、二期生募集の告知。
メンバーが増えるのが嫌なのではない。むしろ智里はスカウト組、オーディション組双方が何人も抜けてしまったはなみずき25を危ぶんでいた。
咲き誇っていた花弁の一枚一枚落ちていくことを恐れていた。
だが、それとこれとは別の話だ。
あの共に歩んできた、上に上がるためにあがいていた日々をなかったことにされたくはない。
ほんの数%かもしれないが、確実にはなみずき25つぼみというグループがあったからこそ今がある。あの時の自分達がいたから、今のはなみずき25があるのだと信じたいのだ。
それを否定などさせたくはない。
だからこそ、智里は吼えるのだ。
「あの娘たちの、つぼみの想いを背負っている私だけが! はなみずき25の二期生なんです!」
そう言うと智里は泣き崩れてしまう。
そんなことが通るわけが無いのはわかっている。
大人たちが二期生募集と言ったのだから、次に入ってくるメンバーが二期生なのだ。
でも、それでも! 言わなくてはいけなかった。
つぼみの時期を知らない誰かに、二期生と名乗って欲しくなかった。
それはあの娘たちに申し訳ない。
いつか、いつかと言い続けていた、たもとを分けたカスミソウに。
「智里!」
美祢は泣き崩れた智里に覆いかぶさる。
美祢は智里を抱き締めながら、智里に同意する。
「そうだよね。……みんな、二期生だったもんね。……私も、智里だけが二期生だと思います。そうじゃないと、そうじゃないと悲しいですよ」
美祢と智里の涙に、スタジオの誰も何も言えないくなってしまった。
ディレクター本間は、さて困ったぞと顎を撫でる。
普段クールな印象の智里。その智里が、こうも感情をむき出しで何かを訴えた画をカットするのはもったいない。
クールでどこか自信にあふれているキャラクターの名残が強い花菜と智里。あまりにも似た二人の明確な違いが出た今日の収録。番組として考えれば、流してファンに訴えかけた方が盛り上がるだろう。
しかし、それを統括プロデューサーの安本が、求めているだろうか?
仕方がないと、本間は動く。
今日の収録は終わりにして、この素材をそのまま安本に届けて判断を仰ぐという決断をする。
ダメなら、尺を埋めるために何かしらの素材を探す。
本間のこの決断は、安本を大いに喜ばす結果となった。




