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三百十九話

「みんなぁ~~~!!!! 久しぶりぃ~~~~!!!!」

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!」

 完全にサプライズの渋谷夢乃の登場に、会場が揺れていた。

 舞台だけでなく、テレビの連続ドラマにもたびたび出演するようになっている渋谷夢乃。

 その夢乃が、アイドルの衣装に身を包んで会場に微笑んでいる。

 夢乃の卒業によって、別のメンバーを応援するようになっていたファンも今日ばかりは元の夢乃ファンに戻って声援を送っている。

 それだけではない。

 最近のはなみずき25の周辺は暗い話題ばかりで、意気消沈していた箱推し達も久々に見た夢乃の姿に涙をまき散らして喜んでいる。

 あの頃のように、いや、あの頃以上に輝いている夢乃の姿はファンに向けられている。

 

 その姿をみた美祢は、まだ硬く感じる自分のほほを思い切り叩く。

 夢乃の登場で湧いていた会場が、一瞬だけ静まり返る。

「よぉ~~~~し!! みんな、盛り上がっていっくよぉ~~~~!!!!」

 気合の入った美祢は、いつも以上の声を上げて最初の曲を呼び込む。

 美祢の声に静まり返った会場は、呼応するように大きな歓声が伝播していく。

 美祢に向かって夢乃が親指を立てて笑う。

 それでいい。

 それこそが、賀來村美祢だと夢乃が笑っている。

 それこそがはなみずき25のアイドルだと。


 長くアイドルの活動から離れていた夢乃のパフォーマンスは、お世辞にも素晴らしいとは言えない出来だ。

 だが、それを関係ないとただ楽しむ夢乃の姿にファンは大いに盛り上がっていく。

 それにつられるように、座長の美祢もライブを楽しんでいた。

 せっかくのファンの前。パフォーマンスに集中するだけじゃもったいないと美祢の身体が叫んでいた。

 会場を沸かせ、楽しませ、自身もそれを楽しむ姿。

 それは今までの美祢が見せてこなかった姿。

 それはデビュー当時の花菜にも似ていた。

 もしかしたら、今ようやく美祢ははなみずき25のセンターに立ったのかもしれない。

 そんな想いを感じさせながら、はなみずき25のパフォーマンスは進んでいく。


 だが、今のはなみずき25はその空気に乗ることのできないメンバーもいた。

 高尾花菜。

 彼女はそんな会場の空気の中、一人苦しんでいた。

 思うように動かない身体。

 以前のようにはいかないパフォーマンス。

 自分の心が沈んでいけばいくほど、会場は逆に盛り上がっていく。

 まるで会場から取り残されたかのような、孤独を感じていた。

 花菜は思っていた。

 あの曲を踊れれば、『花散る頃』を踊れさえすれば、またあの頃のようにできるんだと。

 そしてようやく花菜の待ち望んだ曲が流れ始める。

 本来のフォーメーションへと進んでいく花菜。

 美祢のとなり、会場の最前線へと歩いていく。

 花菜は気づいていなかった。

 自分の顔がどのような表情をしているのかを。

 花菜が前に来ると、少しだけ会場がざわついている。

 しかしそんなことは気にしないで、最初のステップを踏み始める。


 花菜と美祢のWセンター。

 初めて観客に披露されたそのダンスは、バラバラだった。

 わずかにズレた二人のダンスは、強烈な違和感となって観客たちへと届いてしまう。

 さっきまでの楽しんでいた雰囲気とはかけ離れた空気。

 ファンは皆、花菜を見守っていた。

 負傷し戻ってきたかつてのエース。

 その身体が万全ではないことは、もう十分伝わっている。

 せめて無理はしないで欲しいと、祈るような視線が花菜に注がれる。

 そして、美祢と花菜の決定的な違いとなったターンがやってくる。

 いつものように回転し始めた美祢の視界に花菜が映る。

 そこにいたのは、呆然と立ちすくんでいる花菜の姿だった。

 いったいどうしたらいいのか、わからないとでも言うような表情を浮かべる花菜。

 花菜がおかしいのはツアーが始まってすぐに、メンバーの共通の認識となっていた。

 だから、今日まで花菜のセンター曲も美祢が代役を務めてきた。

 

 だが、今日だけはと夢乃が帰ってきたライブだからと加えられた『花散る頃』。

 この曲を皮切りに本来のセンターへとシフトしていく演出だった。

 しかし今の花菜では、それは叶わない。

 美祢は智里へとアイコンタクトを送る。

 智里はいつもの『花散る頃』の時の様に前へと進んでいく。

 呆然としている花菜を覆い隠すように。

 そして美祢も先ほどのように、ただ楽しむだけのパフォーマンスから会場の視線を惹きこむようなパフォーマンスへとシフトしていく。

 そのパフォーマンスについて行けないと判断した夢乃が、花菜の肩を抱いて袖へとはけていく。

 観客からは見えない動線を上手く使っている夢乃に誰も気が付かない。


 実物の花菜がいなくなったことに、誰も気が付いてはいない。

 確かに誰の眼にも花菜は映っているのだから。

 美祢の魅せる幻の花菜の姿が、そこにあったから。

 寸前まで実物がいたからこそ、美祢の表現力が魅せた幻覚だと誰も思わなかった。

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