三百十八話
ライブ会場の搬入口で美祢は一人うつむいていた。
あまりの申し訳なさから、美祢は楽屋に向かうことができない。
ここ最近のはなみずき25の不調。それはもしかしたら自分のせいかもしれないと。
花菜が怪我をしたのは、美祢が初めてはなみずき25でセンターに立った時。
花菜が不在だったとはいえ、レミの脱退の時も美祢がセンターを務めていた。
今回もまた、花菜が完全ではないという状態でアルバムのリード曲でセンターを任され、新たな卒業メンバーがいる。
そして、座長として2回目のツアーで体調不良者が4人出て最終日11人でのパフォーマンス。
もしかしたら、自分が夢を追うたびに、グループにとって良くないことが起きるのではないか?
そんな思考が生まれてしまう。
ただの偶然に、美祢は意味を見出そうとしてしまっていた。
思えば、かすみそう25の一期生たちのことも自分のせいだ。
自分がアイドルでいるということが、誰かを不幸に導いているのかもしれない。そう思うと美祢は楽屋に、いや、ステージに向かうことができない。
立っていることもできなくなり、膝を抱えてしまう美祢。
こんな時にいて欲しい背中を、今日はまだ見ていない。
誰かに寄りかかりたい。
そんな気持であっても、メンバーの元に行くことができないでいた。
「……」
胸の奥が締め付けられそうになっているにもかかわらず、美祢の眼には涙が出てこない。
他人を不幸にしておいて、自分だけが涙を流して楽になることに罪悪感すら覚える。
開演の時間が刻一刻と迫っているのに、美祢は未だに膝を抱いたまま動かない。
「いたっ!! もぉ~!!! 美祢!! 速く準備しなさい!!!」
うずくまっている美祢の背中に、誰かが声をかけている。
その声に美祢は背中を震わせる。
ダメだ。来ないで欲しい。
一人にして欲しい。
そんな空気を背中から発している美祢だったが、その人物はお構いなしに足音を鳴らしながら美祢へと近づいて来る。
美祢の腕を強引に引き上げられ、強引に立たせられる。
誰だ?
簡単に触れてくる気安さから、メンバーの誰かなのは間違いがない。
だが、今のメンバーに美祢を気遣う余裕のある人物が思い当たらない。
美祢が振り返ると、そこにはこの場にいるはずのない人物の顔があった。
「……夢乃……さん」
「まったく! あんたははなみずき25のセンターでしょ!!」
「……夢乃さん!」
「私のアイドルは、こんな状況でも泣かないんだからね!」
そこには、もう一人の姉の姿があった。
演技に厳しい、語彙が少ないせいで今一何を言っているか理解に苦しんでしまう姉の姿が。
夢乃の顔を見た美祢の眼から、ようやく涙があふれだす。
「夢乃さん! っ夢乃さん!!! ……夢乃さん!!!!」
「もう! 泣くんじゃないってば……そんなにキツくしなくっても本物だってば」
美祢は本物の夢乃であることを確認するように、きつくきつく抱きしめる。
渋谷夢乃。女優への道を切り開き一人歩んでいった彼女が、どうしてここにいるのか?
そんなことはどうでもよかった。
寄りかかりたいときに、寄りかかってもいい人物がそこにいたのだから。
甘えられる人物の存在が、そこにはいたのだから。
メンバーでもファンでもない、笑顔の下の本音を口にできる人。
美祢は涙を流しながら、自分の奥にたまっていたモノを吐きだしていく。
夢乃はそれを急かす様子もなく、ただジッと聞いていた。
メンバーを、他のアイドルを不幸にしてしまっている現状。
レミを笑顔で送り出せなかった後悔。
花菜の不調に気が付けなかった不甲斐なさ。
自分の夢の道のりが、誰かの不幸の先にあるとわかってしまい歩くことができないと。
美祢は言葉も選ばずに、感情のまま吐きだしていく。
夢乃はそんな美祢の背中を優しく叩きながら、笑いだす。
「もう、あんたは本当に……」
外からではわからない感情を抱えていたのかと、あの頃の自分を見ているようで夢乃は安心していた。
そうか、この娘でも悩むんだなと。
「大丈夫、誰も不幸になんてなってないんだから」
「だってっ!」
「あのね、レミに会ったよ。謝ってたけど、幸せそうだった」
夢乃はレミと再会した時のことを思い出していた。
あんな幕引きになってメンバーには申し訳ないと言いながらも、優しくお腹をさする姿が印象的だった。
あの姿が、美祢の言う不幸な姿ではないことは夢乃自身が知っている。
たぶん、ほかのメンバーも今はそう見えても時間が経てば不幸など感じない姿を見せてくれるに違いないと夢乃には確信があった。
美祢は自分が不幸を呼び込んでいると言っている。
そんな訳はないと、夢乃は笑い飛ばす。
夢乃の見ていた美祢というアイドルは、希望なのだから。
最後列で沈んでいたアイドルが、今は誰よりも前で輝いているんだから。
美祢は夢乃が女優への道を歩み始めることができたきっかけなんだから。
「今、辛いなら私を見て」
夢乃は美祢の顔を自分の正面に持ってくる。
「私が不幸じゃないって証明してあげる」
そこにはかつてあったアイドルの笑顔があった。
「あなたがアイドルなんだって、私が思い出させてあげる」
ようやく美祢の眼に夢乃が映る。
その姿は結成当時の歌衣装を着ている夢乃の姿だった。




