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三百十七話

 美祢は写真集ロケが終わるとそのままライブツアーへと参加する。

 今回のアルバムでもリード曲センターを任され、はなみずき25の座長としての姿にも違和感を感じなくなってきている。

 ようやく始まったライブ。しかも花菜の復帰ライブということもあって、ファンは喜びに満ちた声を上げていた。

 だが、座長となった美祢は喜んでばかりはいられなかった。

 このツアーが終わってしまえば、メンバーが減ることを知っているからだ。

 もちろん他のメンバーもそれを知っているから、わずかに残った時間で卒業していくメンバーとの思い出をつくろうと意欲的なメンバーもいる。

 そのせいかリハーサルやライブ終演後に、メンバー同士で食事をしたりする姿が多数目撃されたのもこのツアー特有の光景としてSNSでは話題となっていた。

 夏の名残の熱さも収まり秋らしい空気が流れ、どこか寂しさを増すそんな夜をメンバーは思い思い過ごすのだった。

 だから、それが起きるのは自然なことだったのかもしれない。


 ライブツアー最終日。

 もうすぐ冬も見えてくる10月最初の日曜日。

 ライブ会場となるアリーナでは、早朝からライブスタッフが慌てながら準備に取り掛かっていた。

 しかしそれ以上に慌てているスタッフが、控室の廊下で右往左往しながら頭を抱えていた。

「まずい! 本当にマズい!!」

 現在、安本の最も近い位置にいる兵藤が、その強面を一段と歪ませながら焦っていた。

 事の始まりは、まだ夜も明けきれない早朝6時。

 不意に兵藤のケイタイが鳴り始めた。

 それを聞いた兵藤は、まだ起きていないのを承知でメンバーに連絡を入れる。

 メンバーからの即時の返信に胸をなでおろすことになったのだが、一部の返信に頭を抱える事態になった。

 3人のメンバーから発熱の症状が見られたからだ。

 寒さを感じるこの時期、呼吸器感染症の流行は毎年のように注意喚起される。

 しかし、この年はいつもよりも早い流行だと一部メディアの報道があった。

 誰もが自分は大丈夫だろうと思いながらも、ようやく準備に入る時期。

 その流行は、はなみずき25のメンバーにも入って来てしまった。

 予期していなかった事態に、兵藤は慌ててしまう。

 部下たちに大至急指示を出して、メンバーの感染状況の把握に努めた。

 今は3人。戦力ダウンは免れないが、まだライブ中止の判断をするような状況ではない。

 まだ大丈夫、大丈夫なはず。

 そう想った時に程、よくない知らせは届くものだ。

「西村もかっ!」

 電話口のマネージャーの言葉に、兵藤は思わず大きな声を出してしまう。

 ライブ関係者も出勤前の検査が求められ、更なる状況把握と上司への報告の必要性が生じてしまう。

 最悪ライブの中止、もしくは延期の決断がされる可能性の高い状況に兵藤はその巨体をこれ以上なく小さくする。


 なんで今日という日なのか?

 よりにもよって何で今日なんだ?

 兵藤は自分の運の無さを嘆くほかなかった。

 ライブツアー最終日。この日はかねてより計画されていた新メンバー募集の告知をするはずだったのだ。

 10月末から書類選考が始まり、年内の発表。

 新年から新メンバーのお披露目と新曲発表とスケジュールは決っている。

 動かせないスケジュールがぎっしりと詰まっている。

 何よりも大事な話題性のために必要なスケジュールが、あとに続いているのだ。

 今日ライブが開催できなければ、全てを後に送らなくてはいけない。

 そうなると話題も時期も逃すことになりかねない。

 それはもしかすると、はなみずき25の進退にも発展しかねない重大な事件となる。


 自身の運の無さに嘆いていた兵藤の元に、うれしい報告が入ってくる。

 メンバーを含めたライブ関係者から、流行性の感染症は検出されなかった。

 加えて発熱の症状を訴えていたメンバー、西村菜月・中村芽以・小山操の3人からも流行性の感染症は検出されなかった。

 ただ一人黒田優紀だけが感染が確認されただけだった。

 関係者にもグループ内にも流行がなければ、ライブ自体の開催は可能という判断が下されたのは、まだ開演には十分な余裕のある時間だった。

 ギリギリだが、払い戻しもなくスケジュール的にも問題は生じない。

 まだはなみずき25にとって致命的な状況ではないと思える報告に、兵藤は一瞬その巨体を揺らして喜んだ。

 だがしかし、ライブを開催すると決まってしまえば別の問題も出てきてしまう。

 

 それはメンバーが少ない状況でのパフォーマンスの低下だ。

 現在のはなみずき25の全メンバーは15人。その中から4人が欠席する。

 11人ではステージ上の絵に力が足りない。

 せめてもう一人いれば……。

 11人が12人になったところで、大きな違いはないかもしれない。

 だが、一人いるかいないかで演出は確実に変わってくる。

 どうにかできないかと、兵藤達はなみずき25の運営陣は頭を悩ませていた。

 本来であれば、妹グループのかすみそう25のメンバーにピンチヒッターを依頼することもできただろう。

 しかし彼女たちも同時期に発売したツアーを終えたばかり。

 体力的に消耗している状態での酷使は、かすみそう25へのダメージになりかねない。

 それに最近の売り上げで、はなみずき25の売り上げを抜き去ったかすみそう25に売り上げの落ちているはなみずき25の尻ぬぐいをさせるのは得策ではないと、上層部からの横槍が入り実現できなかった。


 アイドルのパフォーマンスだからと、諦める選択もあったかもしれない。

 だが失意のまま卒業していく4人の最後のステージとなるツアー最終日。

 何とか最高のモノにしたいという気持ちだけが、運営陣の気持ちを焦らせていた。

「もう……時間がないか。あいつらには申し訳ないが……」

 兵藤が最後の決断を下そうとしていた時、その一報は届けられる。

「ピンチヒッター、見つかりました!!!」

「何ッ!! 誰だ!?」

 駆け込んできたスタッフに詰め寄る兵藤。

「ダメ元でスケジュール当たって見たんです! 今日なら出られるって!!」

 その耳に意外な人物の名前が飛び込んでくるのだった。

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