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三百十四話

 アイドルコロシアムの放送翌日。美祢は冠番組の『はなみずきの木の下で』収録に向かっていた。

 別の仕事で一人だけスタジオの入り時間が遅いスケジュール。

 しばらく所定の場所で待っていると、迎えの車が到着した。

 乗り込むと、そこにいたのは新しいマネージャー。

 立木の一件で配置換えがあり、これまで一緒にならなかったタイプのマネージャーが付くことになった。

「おはようございます」

「おはようゥーー! 美祢っち」

 明るくあいさつを返す新人マネージャー。

 白髪かと誤認するような髪色。明かに着慣れていないスーツ姿。

 何度見ても慣れないものがあると、美祢は思う。

「見てよコレ! 美祢っちトレンド入り! アイドルコロシアムパネェー!!」

 高いテンションのまま、自分のケイタイを美祢に見せてくる。

 そこに写っていたのは、SNSのトレンド。

 確かにそこには、アイドルコロシアム放送時の余韻が残っていた。

 咲島真琴と賀來村美祢の関連するワードが、そこには幾つも載っている。

 確かにうれしい状況だ。

 嬉しいのだが、どうしても目に写るマネージャーが気になってしまう。


「近原さん。今年で23ですよね?」

「そだよー」

 近原小百合が軽めに肯定する。

 その姿、どうしても23には見えない。

 美祢の母親の古い写真に、紛れ込んでいた同級生の姿にそっくりなのだ。

 いわゆるコギャルというタイプ。

 初めて会った時に、思わず何歳か確認してしまうほど。

 だが、確かに23歳なのだ。

 何でこんな格好をしているかと言えば、本人曰く『レトロ可愛いっしょ?』らしい。

 まったく美祢には理解できない。

 ノリも格好も全部。

 しかし、一緒に仕事するようになってわかったこともある。

 近原は優秀なのだ。

 松田を彷彿とさせるほど。


 だからこそ、思わず美祢は聞いてしまう。

「その……格好とか気にしないタイプですか?」

「はは~ん。美祢っちわかってないなぁ。需要あるんよコレ」

 チッチッチと指を揺らし否定する近原。だがそのしぐささえも古臭い。

「……なんの需要ですか」

 意味の解らない近原の堂々とした答えに辟易としてしまう。

「お偉いオジサマたちの一定数にはね。熱狂的なギャル好きがいるんよ」

「頭痛くなってきた」

 仕事をしているんだよね? と、美祢が頭を抱える。

 しかも、アイドル相手に何を言ってるんだこのマネージャーはと、思わず声に出しそうになってしまう。

「おっ!! 風邪かな? 気を付けてよ。アイドルは健康第一だかんね!」

 どこまでも明るいということが、ある種の迷惑になると初めて知った美祢であった。


 車がスタジオに到着し、他ってものに入るとすれ違いで主と出くわす。

 今の時間であれば、タバコ休憩だろうと美祢は推察する。

 邪魔してはいけないと、会釈で横を通りすがろうとすると主は美祢の同行者に目を留める。

「あ、近原さん。おはよう」

「先生じゃん! 相変らずモテなさそうな顔してんね」

 近原は主に対しても軽い。

 聞きようによっては暴言にもとれる言葉。

 しかし当の主は、それを気にしている様子はない。

 むしろ歓迎している。

 その証拠に、近原の突き出した拳に拳を合わせている。

 たびたび感じるのだが、なぜ主はこうも年下の女性の発言に気を留めないのだろうかと美祢はあたまをひねる。

 美祢は知らない。元男性看護師である主は、軽口程度なら聞き流す耐性が高い。

 それは元の環境による慣れのせい。近原のような悪意のない軽口では主の感情を揺さぶることは無い。

 元の職場に比べれば、楽しい会話の域を出ない。

 だから、美祢が訝しんでいても主は近原と同じように軽口で返す。

「ははは! でも元気そうではあるでしょ」

「確かに! 元気がないと色々上手くいかないからね」


 思わず主の表情が凍る。

 わざわざ、近原が『色々』を強調したせいだ。

 それは、通常であればたわいもない言葉だ。

 しかし、近頃のはなみずき25の環境を考えれば、好ましい話題ではない。

 主は、軽く咳払いをして近原を諫める。

「近原さん、美祢ちゃんの前」

「あっちゃー! そうだった。美祢っち、ごめんね」

「……はぁ」

 美祢に手を合わせる近原に、美祢はため息をついてしまう。

 気を遣ってくれているのは嬉しいが、過剰に気を遣われてはいたたまれない。

 どんな表情をして良いものかと、美祢が思案しているのを感じた主は、話題を変えようと近原に新しい話題を振る。

「そう言えば、近原さんがここ来るの珍しいね」

「上がいなくなって、現場色々大変なのよ。今日からウチもはなみずき25のジャーマネ」

「……できるの?」

 あまり話の軸が動いてくれなかったが、その内容に主は心配事が生じる。

 近原がそれなりに有能なのは立木や兵藤から聞いてはいるが、その出で立ち、言動を知ってしまうと不安は隠せない。

「先生、ヒドクね!? 出来っし! 大丈夫っしょ!」

 主の本気の心配に変らぬ様子で応える近原。

 その二人のやり取りが、何とも仲良さげに見えてしまう。

 なんとなく、蚊帳の外に置かれた気になってしまう美祢がいた。

「先生、今日はお願いしますね!!」

 美祢は少しだけ苛立ちながら、主にあいさつをして足を鳴らしながら進んでいく。

「あ、美祢ちゃん!」

「ありゃ? なんか怒ってね?」

 美祢の行動に疑問な近原であったが、主は少しバツの悪い顔をしていた。

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