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三百十三話

「よろしくお願いします!!!」

 アイドルコロシアムの現場に入る美祢は、いつものように元気なあいさつをスタッフ、共演者に行う。

 若くして売れているアイドルということで、色眼鏡で見られてしまう職業だからこそ、そう言った最低限の礼儀は徹底して教育されている。

 美祢も売れているタレントほど礼儀がしっかりしているのを見てきている。

 色々な現場に呼ばれるようになった今だからこそ、立木や事務所のスタッフが礼儀にうるさく言っていたわけを実感できている。

 放送事故という予見できないリスクを最小限にするためには、どんなに人気があろうがしっかりできない人間は番組制作の邪魔でしかない。

 自由に見えるメディア関係こそ、そう言った些末な出来事で仕事を失うのだと。

 今のはなみずき25の現状は、その手前にあると美祢は気を引き締める。

 本人たちがどう決着を付けようと、仕事に迷惑をかけたという事実は消えない。

 スポンサーサイドから見ればレミと立木の件は、出資している番組に迷惑をかけたことには間違いはないのだから。


 そして最近美祢は思うのだ。

 自分の終わりはどのように迎えるのだろうか?

 そう遠くない未来、自分は夢を叶えアイドルを辞めるだろう。

 花菜というアイドルに自分という存在が必要なくなったら、辞めるつもりでアイドルになった。

 その時、自分はどんな理由で辞めるのだろうか?

 主との関係もアイドルあってのモノ。

 自分がはなみずき25のメンバーであるから、関係が続いている。

 もしそれが無くなったら?

 主のとなりにいたい。そう願ってはいるが、それが叶った時の主と自分の関係とはいったい?

 友人だろうか? それとも恋人だろうか?

 主のとなりにいる自分という妄想は、何度もしてきた。

 だがその関係性を深く考えてこなかった。

 彼のとなりで自分は何をしているのだろうか?

 レミと立木の二人の姿。

 経緯はいずれでも、その姿に憧れないわけではない。

 何を捨てることになっても、お互いを選んだというその意志は尊敬する。

 今の美祢にそれができるのか?

 美祢はわからないと頭を振る。

 答えの出ない問答は、いつまでも美祢の奥で波紋を創り続けていた。


「げっ、賀來村美祢」

「あ、咲島さん。おはようございます」

 番組の用意した衣装、ジャージに着替えていると美祢に声がかかる。

 そこにいたのは、何とも言えない顔をした咲島真琴だった。

 前回出演時、一方的に絡まれライバル視されたアイドル。

 だが、美祢と競っていたのは序盤だけ。後半にかけて追い上げてきた小飼悠那にあっさりと抜かれて優勝争いからは早々に脱落した。

 そんな咲島真琴が、今回もいた。

 いや、正確には美祢が居合わせたという方が正しい。

 前回の収録で美祢と悠那の噛ませ犬として活躍した真琴は、それ以降の収録でも度々出演していた。

 ある意味、優勝するよりも難しい準レギュラーに近い立場を手にしていた。

 そんな真琴。美祢には苦手意識が付いてしまっている。

「なんで、またあんたがいるの?」

「なんでって……呼ばれたから……って前回と一緒ですね」

「あ、……ふぅ。あんたはこの番組でなくっても大丈夫でしょ」

 質問の内容が伝わっていなかったかと、真琴は質問の意味を変える。

 もう売れて、世間に認知されているアイドルの出る番組じゃないだろうと言い直す。

「そんなことないです。前回も、今回も。助けられたと思ってます」

 制作側でも何でもない真琴に頭を下げてしまう美祢。

 その様子で、真琴もようやく理解した。

 美祢も必死で緊張して、今日の現場に挑んでいるんだと。

 そして、個人ではなくグループとして見れば美祢の言葉は正しいとも思う。

 前回はエースが怪我で、今回はメンバーがスキャンダルでいなくなっているんだから。

 水物と言われる人気という怪物の怖さを美祢は知っているのだと真琴は思った。

 そうか、自分と同じなんだと。

 同じだからこそ、前回のように言わなくてはいけなかった。

「あんたには負けないからね!」

「はい! 私も負けません!」


 深夜のアイドルバラエティー番組、アイドルコロシアム。

 個人、グループに関わらずアイドルであれば出演のチャンスのあるバラエティー番組。

 開始当初は運動系の種目で競い合い、各放送回内で優勝者を決定して優勝者だけが番組内で宣伝を行えるという番組だった。

 次第にバラエティー番組特有のゲーム色が濃くなり、粉やローションにまみれたアイドル達を拝めると密かな話題になった番組。

 注目を確実に重ねて放送時間を繰り上げ、伸ばながらスペシャル回ではゴールデン進出まで経験する番組。

 放送開始初期から番組に登場しアイドル人生を締めくくるまで、出演回数を伸ばしたアイドルがいた。

 咲島真琴。

 彼女はどんな種目でも懸命に、年齢や身体的特徴を理由にはせずにただ全力で番組に爪痕を残そうと必死な姿を見せ続けた。

 そんな彼女が最後の出演の時に言った言葉はアイドル界で有名である。

「私よりメジャーで実力のあるアイドルが、深夜番組に真剣に取り組んでる姿をたくさんみてきたから。負けたくないじゃないですか? 同じアイドルなんだし、誰にも。でも……勝てない娘は確かにいました。一回だけでも……勝ちたかったなぁ」

 最多出演を果たし、最多優勝回数記録をもつ咲島真琴が勝ちたかったアイドル。

 その名前は真琴の口から語られることは無かった。

 だが歴代の番組スタッフとコアな番組のファンは知っていた。

 その二人が出演した時の激闘と共に、ある伝説のアイドルの姿をひっそりと思い出す。

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