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三百十二話

 アルバム制作が終わり、プロモーション活動が始まってもはなみずき25の周囲の環境はあまり好転していない。

 普段なら呼ばれる歌番組の幾つかに呼ばれていないのだ。

 バラエティー番組もイジりずらい現状のアイドルグループを敬遠している様子が見え隠れしている。

 そんな中でも呼んでくれる番組も確かにあった。

 深夜番組のアイドルコロシアム。前回出演した美祢と小飼悠那の激闘が、数字となって顕著に出た番組だった。また美祢を呼びたいと打診が来ていた。

 兵藤は企画書を読みながら、頭を抱えていた。

 美祢が出演して以降のこの番組は、段々とバラエティーの色合い濃くなってきている。

 前回の美祢が圧勝したこともあり、記録も記憶も上書きできなないという現状。

 番組的にバラエティーに走ると言うのが、当たり前だろう。

 だが、そんな番組への出演経験が少ない美祢を送り込んで良いものか?

 いや、送り込まないといけない状態なのはわかってはいるが、難しい判断を迫られていた。


「……賀來村、呼び出してすまん」

「まあ、卒業に必要な単位は大丈夫らしいので良いですけど……」

 久々に学生に戻っていた美祢は、急きょ兵藤に呼び出され早退を余儀なくされていた。

 残り少ない高校生活。友人と過ごすことのできるかけがいのない時間はもう半年もない。

 そんな貴重な時間を仕事で塗りつぶしていくのはしかたがない。自分で選んだ道なのだから。

 それでも今日のように、仕事の相談なんていう名目で呼び出されては美祢が年相応にむくれるのも無理はなかった。

「実はな、アイドルコロシアムから出演依頼が来てる」

「本当ですか!? 出ます!!」

 内容を聞く前に快諾する美祢の姿に、兵藤の心は少し痛む。

 無言で企画書を渡す兵藤の表情が優れないのを美祢は見逃さなかった。

「あ~、兵藤さん。これで悩んでたんですね」

 企画書に目を通した美祢は、兵藤の葛藤を理解して笑い出す。

「賀來村は、こう言うの苦手かと思って」

「やりますよ。今はそんなこと言ってる場合じゃないですし!」

 内容を確認しても、美祢は出演の姿勢を崩さない。

 現状が危機的なものだと、理解しているのだから。

「それに花菜が帰ってきたんですから、私たちが花菜の足を引っ張るわけにはいきませんからね!」

 自信満々に胸を叩き、必ず結果を持ち帰ると言い切る美祢。


 そんな美祢を見送った兵藤は、後日とある役員の一室にいた。

 となりには、にこやかな安本の姿。

「あ、あの……なんで自分がここにいるんでしょうか?」

「兵藤クン。君チーフでしょ?」

 部屋のあるじに代わって安本が答える。

 その顔は笑顔であるが、何やら隠しているような冷たさを感じる笑顔だ。

「安本、それぐらいにしておけ。パワハラは見逃せんぞ」

「あはは、そうだね。で?」

「ああ、お前の提案書は無事に可決された」

「そうかそうか。賢木はなんて?」

 手にしていた書類を安本に手渡す男。

 その顔は無表情のまま、兵藤には何の感情も読み取れない。

「アイツは一人反対してたな」

「だからダメなんだよ。勘が悪いと言うか、流れを知ろうとしないところがね」

「アレでも役には立っているよ。ガス抜き要員としては」

尾能おのう、君の言う無駄のない人材運用ってやつかい?」

 安本の知己、役員の尾能健吾おのうけんごは、それでも感情を見せようとはしない。

 まるで張り付けられた仮面だ。

「ああはなりたくはない、そう想わせてくれるのも彼の才能だ」

「ま、良いんだけどね。はい」

「あ、はい。拝見させていただきます」

 軽口をしながら、蚊帳の外だった兵藤に企画書を渡す安本。

 いったい何のことを話しているのか、出来れば理解したくはないと兵藤は思考を止めたまま企画書に目を通す。


「えっ!!!!?」

 止めていたはずの頭であっても、企画書の1ページ目を見て衝撃を受けてしまう。

「な、なんなんですか……これ?」

「あれ? ちゃんと書いてあるよね?」

「書いてありますけど、……本当なんですか!?」

「本当だし、本気だよ」

 兵藤は安本の言葉を受けて、もう一度手の中にある企画書に目を通す。

 そこに書いてあったのは、『はなみずき25新メンバー募集オーディション』の文字。

 はなみずき25の二期生を採用するための企画書。

「……っ!」

 兵藤は目の前の男たちに目を向ける。

 いったい自分はどんな顔をしているのだろうか?

 自分顔を見て、安本は満足そうに笑っている。

 尾能は、やはり何の感情も読み取らせない表情のままだ。

「チーフになった君が取り仕切る、初めての大きな仕事だ。頑張りたまえ」

 尾能は用事は終わったと、兵藤に告げる。

 動けないでいる兵藤を安本が、押し出すように退室していく。

 その様子を見て、尾能はようやく感情を見せる。

「本当に、気の毒にな」

 尾能は安本の直属になった兵藤を憐れんでいた。

 未来ある若者が、安本のせいで潰れないことを願うばかりだ。

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