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三百十話

 その日荒れていたはなみずき25のファン界隈に嬉しい報告が3つ、運営からもたらされた。

 一つは賀來村美祢の写真集発売。

 しかも発行が脱退した園部レミが発売を予定していた出版社。

 レミの写真集は先行カットが2枚だけという形で終了してしまったが、その美麗な写真で話題となっていた。

 そのレミの写真集チームを受け継ぐ形で発売するということで、今や最重要メンバーでもある賀來村美祢が写真集を発売すると聞けば、盛り上がらないわけはなかった。

 何より雑誌のグラビアにもあまり登場しない美祢の写真集ともなれば、期待しないほうがウソだった。

 もう一つ、ファンを喜ばせた報告。それは高尾花菜が復帰するという報告だ。

 怪我により最前線から離脱していた、はなみずき25の絶対的エース。

 彼女が帰ってくる。

 あの強いエースが、混乱にあるはなみずき25に帰ってくる。

 はなみずき25の運営に対して批判的なコメントしかしなくなっていたファンも、ようやく見たいはなみずき25が帰ってきたと喜んでいた。

 最後ははなみずき25の新作のアルバム制作が開始されたという情報だった。

 美祢の写真集、そして花菜の復帰。畳みかけるようにアルバム制作。

 スキャンダラスなイメージがついてしまったはなみずき25に明るい話題が帰ってくる。

 写真集の話題は、多くのメディアで取り上げられることだろう。

 花菜の復帰も人気アイドルの帰還と話題にならないわけはない。

 そして新しいアルバムを引っ提げてライブが行われるはず。

 暗い話を吹き飛ばすかのようなこの話題たちに、ファンは大いに喜び、はしゃいでいた。

 はしゃいでいたからだろう。

 ファンたちは美祢の心境に気が付くこともなかったし、花菜がどんな状況なのかも知る由もなかった。


「あれ? もしかして……花菜ちゃん?」

「……先生。……久しぶりだね」

 復帰するにあたって花菜は、ブランクを取り戻すために以前よりもレッスン場へ通う時間を増やしていた。

 そんな花菜がいるとは思っていなかった主が、偶然に花菜を見かけるのだった。

 一瞬、花菜で合っているのかと疑問が主の中に生まれた。

 やつれた様子で、顔色も良くない。

 何よりその顔に笑顔はなかった。

「花菜ちゃん、大丈夫?」

「……休んでいられないから」

 大丈夫だとは言わない花菜。それが無理をしているんだと言っていた。

「寝れてる?」

「……少しは」

「病院、紹介しようか?」

「いい。疲れれば寝れると思うし」

 花菜は主に会いたくはなかったのだろう。

 その証拠に主と話している状況でも目が合わない。


「花菜ちゃん」

「なに?」

 立ち去ろうとする花菜と呼び止める主。

 心配そうな顔をつくらないように、主は自分の表情筋を意識する。

「この後時間ある?」

「……少しなら」

「じゃあさ、ドライブ付き合ってよ」

「え?」

 主からの誘いに一瞬花菜は顔を上げる。

 だが、心配されたいわけではないという抵抗は花菜の中にあった。

 主だから心配されたくない。

 好きな人だから、こんな自分を見られたくはない。

 そう想ってはいても、自分を心配してくれている主が嬉しくもある。

 だから花菜は主の提案を素直に受けることができない。

「なんで?」

「歌詞、煮詰まっちゃってさ。気分転換に付き合ってくれない?」

「じゃ、じゃあ、付き合ってあげてもいい」

「ありがとう」

 花菜の中で自分を心配されるのは、抵抗がある。

 だが、理由が主自身にあるなら誘いを断る理由ほど避けたいわけでもなかった。


 好きな人とのドライブというシチュエーションに憧れが無いわけでもなかった。

 花菜は大急ぎでシャワーで汗を流して、主の車へと向かう。

 思うように進まない自分の足がもどかしい。

 だけれども、どこかそんなじれったさにも心が躍っている気もする。

 他愛ない言葉が往復する車内。

 自分のことを聞こうとしない主の態度が嬉しかった。

 どこに行くでもない、ただ車内に流れる空気を主と共有できていることが嬉しい。

 こんなにも長い時間、二人きりでいられる。それだけで幸せだった。

 膝は今でも少しだけ、痛みを引きずっている。

 しかし、その痛みも気にならない時間がそこにはあった。


 しばらく流していると、助手席から花菜の寝息が聞こえてくる。

 年のわりに幼さの残る可愛らしい寝顔。

 さっきの様に警戒していた花菜はいない。

 少しだけ、無防備な気もするが張り詰めてばかりよりはマシだろう。

 言葉を仕事にしているにも関わらず、花菜にかける言葉を見つけることのできない。

 自分の不甲斐なさを痛感した主は、アクセルにかける力を少しだけ緩める。

 となりに居る責任感の強いアイドルを起こさないようにと想いながら。

 今見ている彼女の夢が、幸せなものであることを祈りながら。

 主はクルマを走らせる。

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