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三十一話

「先生~! 原稿をいただきに来ました~」

 合宿所に佐藤がやってきた。3巻の第一稿をもらい受けに来たのだ。

 玄関で声をかけても、誰も来ない。仕方なく佐藤は靴を脱ぎ主の部屋まで進んでいく。

「先生~? @滴先生~!? いますかぁ~」

 ノックもそこそこに人の気配のしない扉を開ける佐藤。

「うわぁ! っくりしたぁ~!! いるならいるって言ってくださいよ!」

「ああ、佐藤さん。いらっしゃい」

 主は机に突っ伏しながら、声だけで佐藤を判断し答える。

「どうしたんです? アイドルに手でも出しちゃいました?」

「出すわけないでしょう! 幾つ年上だと思ってるんですか!?」

 珍しく主が強く言い返してきたと佐藤は思う。手は出さないまでも惚れてしまったかなと。

「え? でも最年長のコだと15歳差ですよね? なくはないって言うか~」

「しませんよ。あの子たちはフィクサーのアイドルなんですよ?」


 佐藤は本気で怒る主を見て一安心と胸をなでおろす。しかも誰のアイドルなのかも理解しているようで間違っても間違いはないと確信する。

「でしたでした、そうでした。で? 原稿は?」

「できてますよ」

 ふくれたおっさんの顔なんて見てて面白いものでもないと佐藤は思う。

 だが、ようやく自分のほうを見たなとも。

 何かあったのは間違いないが、無理に聞くのはよそう。むしろ向こうが聞いてほしがっても無視しようと心に決める佐藤。下手すればフィクサーの社長経由の辞令が自分のところに来ないとも限らない。

 触らぬ神に祟りなし。

 佐藤は急ぎ原稿に没頭する。

「ん?」

 佐藤は異変に気が付く。

 内容が異様に暗い。2巻の最後を思い出す、あの終わり方でなんでこんなにも暗い話が書けるのか不思議に思う。


「先生? これ2巻の引きと合ってないですよ?」

「そんな訳……え? なにこれ?」

 書いた本人がわからないものを佐藤が知るはずもなかった。

「言っていいですか先生?」

「いや、没ですよね。わかってます」

 佐藤の結論を自分で口にして、深い深い溜息を吐きだす主。

「……あ~! もう、わかりましたよ。何があったんですか? どうしてこのざまなんですか?」

 聞きたくもない、聞いて面白くもないオッサンの愚痴を聞くことにした佐藤。

「え? ああ、そうですね、何から話したものか」

 そう前置きして主は話し始める。

 先日の美祢と花菜との間に判明した事実と、起こった事実を端的に話す。

「そんなことがあったんですよ」

「……」

 佐藤は思う。良い大人が何を下らないことで悩んでいるのかと。


「先生、何を下らないことで悩んでいるんですか?」

「え?」

「だってそうでしょ? 十年も前のことでグチグチと。そんなの誰だって生きてりゃぶち当たる、よくある後悔ですよね? 確かに噂じゃ先生たちの喧嘩のせいみたいな説もありますよ? けど、その件の前に熱愛やら流出写真なんかもありましたよね? その高橋某さんって」

 やっぱり聞くんじゃなかったと佐藤は思う。

 ようは思い悩む主人公になりたいのだ、このオッサンは。

「まあ、確かに」

「そんな噂のあるアイドルを売れますか?」

「そう言われると……」

「先生は見たいものしか見ずに、結局浸りたかっただけなんじゃないですか?」


 あ、拗ねやがったぞこの大人と、佐藤は冷静に判断を下す。

 いつの時代も人を一番傷つけるのは正論なのかもしれない。

「先生、だったらまた見たいものだけ見れば良いんですよ。高橋なんちゃらさんは先生とは無関係にやめていって、先生の行動が『はなみずき25』を作ることになったんです」

 佐藤の言葉に疑問符を浮かべる主。確かに花菜も似たようなことを言っていたが、はなみずき全体の話になると流石に意味が合わなくなるのでは? と。

「あれ? 先生ご存知なかったんですか?」

「何がですか?」

「はなみずきって、元々、高尾花菜が女優としてスカウトされたのに、自分はアイドルにしかなりたくないって言ったんで、所属事務所が同時期にスカウトされていた女優志望の女の子たちを無理やりアイドルに仕立て上げたのが始まりなんですよ。だから、考えようによっては『はなみずき25』の結成に最大貢献したのは、先生だったってことですよ」

 嘘だろと、主は呟くが一切の音ははらなかった。ただ、主の口がパクパクと動いただけだった。

「だから先生。あなたが誕生させたアイドルは、24人ってことですよ。経済貢献も大概ですね、先生」

「そんな暴論……」

「じゃあ、真実はなんですか?」

 主はそう言われて言葉につまる。


 そう、一人の視点では真相も真実も見つかりはしないのだ。もし見つけられるならその時は探偵でもしていれば良いだけの話だ。

 熱弁しながら佐藤は思う。@滴主水に熱の入った創作論は聞かせられないなと。

 暴論承知で話しているのに、目の前の大人は納得し始めている。流石に影響され易すぎだろうと。

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