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三百九話

 レミの引退という出来事は、少しだけ尾を引いた。

 中心メンバーでもあり、グループ内の美容番長として有名だった園部レミは、引退の直前まで写真集を出すことが決まっていた。

 しかし週刊誌の記事が出回ったせいで、その話は無くなった。

 ただ白紙になっただけならよかったのだが、もうすでに一部のカットは撮影済み。

 国内ではあったが、ロケも行っている。

 全部が撮り終えているのであれば、まとめて発売も強行できるはずだった。

 しかし本当に数カットしかないレミのポートレートでは写真集にするのは難しい。

 もちろん編集部は安本の事務所に猛抗議を行った。

 回収できるはずの出資をどうするのか?

 本来であれば、違約金で終わるはずの話。

 だが、それでは腹の虫がおさまらないのが人の業だ。


「じゃあ、頼みましたよ。兵藤さん」

「しかし! ……まだ年齢的に……」

「立木さんが起こした問題のツケを払ってほしいと言うのが、そんなに難しいですか?」

「……いえ、持ち帰り検討させてもらいます」

「色よい返事をお待ちしてますね」

 編集部の要求は単純なものだ。

 はなみずき25の初の写真集という文言を他者に譲りたくはない。

 だから、別のメンバーの写真集を作らせてほしいというモノだ。

 新しい写真集の依頼は、よそから見ればいい関係が築かれているように見えるかもしれない。

 実態は、対等とは程遠い無理強いに近い。

 メンバーに望まない仕事をしてほしくはない。

 だが、会社同士のやり取りともなれば、そうも言えないのが辛い。

 よりにもよって、編集部が要求していたのは……美祢の写真集だ。

 確かに彼女の写真集であれば、話題にもなるだろう。

 今のはなみずき25の話題の中心を考えれば、賀來村美祢以外考えられないのも無理はない。

 グラビア経験の少ない美祢にとっては、緊張を強いられる仕事となるだろう。

 しかも園部レミの損失を埋めるような仕事の振り方をすれば、間違いなく断ることもできない。


 兵藤はこんな時期に現場の最前線に立たなくてはいけなくなったことを恨むしかなかった。

 上層部は受けろと言うに違いない。

 安本は良い顔をしないだろう。

 もしかすれば、案件を持ち帰っただけでも安本からの印象は悪くなるかもしれない。

 兵藤の胃が痛む。

 悲痛な面持ちの兵藤の足が重くなる。


 案の定、上層部にはまたとない話だから受けろと言われた。

 しかし安本も嫌な顔をしなかった。

 むしろ、頑張って説得しなさいと激励するほどだった。

 上層部と安本の意見の一致。嬉しいと思う反面、どこか怖さすら感じる。

 こんな感じの仕事を立木は何年もしていたのかと、兵藤は感心するしかなかった。

「賀來村? 今ちょっといいかな?」

「え、あ、兵藤さん? 今一瞬立木さんかと思いましたよ」

 笑っている美祢の顔がどこか戸惑っているようにも見える。

 立木の仕事の振り方にどこか怯えた様子を見せていた美祢。

 それは、本人がいなくなったからと言ってすぐには治るものではないようだ。


 兵藤は会議室ではなく、自分のデスクに美祢を連れてくる。

 あんなことがあったばかりだ。何となく美祢と二人きりになってしまう会議室へは足が向ない。

 ここならほかの社員の眼もあるし、いらぬ疑いも無いだろう。

 そんな考えは、何時しか兵藤のスタイルへと変わっていくのだが、今回が初めての美祢は余計に緊張することになる。

 いったいこんな所で何の話があるのか?

 美祢の警戒心は、立木のころとあまり変わりはなかった。

「実はな、お前に写真集の打診が来てる」

「えっ!?」

 突然のことで、大きな声を出してしまう美祢。

 そのせいか周囲の視線が美祢に注がれる。

「こら、あんまり大きな声を出すなよ。まだ打診だから……」

 意思の確認だと兵藤は嘘をついてしまう。

 これはほぼ決定事項の伝達に近い。

「すみません。……でも、どこから?」

「ああ、ここなんだけどさ」

 そういって兵藤が見せた社名は、美祢も知っている出版社だった。

「……ここって」

「ああ、園部が発売する予定だったところだ」

 そう言った兵藤の顔を見て、美祢は何かを察した。

 そして、これが断ることのできない案件であることも何となくだが理解した。


 どうりで兵藤と立木の表情がダブるわけだと。

「良いですよ。お園さんの代わりは私がやります」

「……すまん」

 美祢の答えがもろ手を挙げていないことはわかる。

 だからこそ、兵藤は美祢に頭を下げずにはいられなかった。

 おそらく美祢も理解しているのかもしれない。

 花菜が戻ってきたからと言って、今までの様にはなみずき25が見てもらえるわけではないということを。

 だけれど、美祢は自分の夢のために必要なら引き受けないわけにはいかなかった。

 他の誰でもない、主が自分の夢は叶うと信じてくれているんだから。

 なら、それを実現して見せるのが自分の仕事なんだと言い聞かせて。

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