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三百八話

 はなみずき25のファン界隈は、荒れていた。

 園部レミのスキャンダル、それに伴う引退劇。

 レミのファンはもちろん、ほかのメンバーを推しているファンも運営に向かって怨嗟の声を上げていた。

 古いアイドルファンは、その光景を懐かしく眺めている。

 そして油となる一言を置いていく。

「安本もアイドルに手を出してたし。その下も手を出したんだから、こりゃ伝統だな」

 その言葉が掲示板に書き込まれると忘れていた声も上がり、怨嗟の声は大きく複雑に絡んで運営を襲っていた。

 立木の起こした行動を過去の事例と同一視して、安本周辺の人物を危険視する声が出ていた。

 もちろん、その中には安本源次郎の弟子と目されている四代目主水之介の名前も出てくる。

 確かに四代目主水之介は、かすみそう25で作詞家としてデビューした。

 そして安本アイドルに何度も歌詞を提供している。

 しかし所属は安本源次郎と違うことは明らか。だがそれを指摘されても終わることは無い。

 四代目主水之介の公式アカウントは存在しない。それがよりファンの不満を焚きつける。

 その怒りは、四代目主水之介の所属する事務所にまで波及していく。

 @滴主水の所属する会社『NextOne』には、連日のように四代目主水之介の解雇を嘆願する電話が鳴り、@滴主水アカウントには四代目主水之介への非難の言葉が書き込まれていく。

 主は久々の炎上にうろたえることなく、その様子を見ていた。


「先生、大丈夫ですか?」

 佐藤が心配そうに主を見る。

 主は何も気にしていないかのように、あっけらかんと答えるのだった。

「ええ、大丈夫です」

 しかし、少し経つと主の顔が曇りだす。

 いや、今回の件でとある疑問が吹き出る。

「佐藤さん」

「はい」

「@滴主水と四代目主水之介って、世間じゃ繋がってないんですね」

「?」

 主が笑いながら言ったことを佐藤は理解できなかった。

「いや、だから。同一人物だと思われてないんですねって」

「ああ。そう言えばそうですね」

 主の言葉の意味を理解した佐藤は、納得したような顔を見せる。

 佐藤が納得を見せても主の表情は腑に落ちてはいない。

 それを見た佐藤は、ではこんなのはどうだろうと提案する。

「そう言えばそうですね。公表します?」

「いや、やめておきましょう」

 もし新人作家と新人作詞家が同一人物だと世間にバレてしまったら?

 何も起きない可能性も、もちろんあるだろう。

 だが主の勘はそうは言っていない。

 高確率で、今回のような騒ぎになると予想できる。

 そうなった時、美祢の夢を断つのが自分との縁である可能性が高い。

 それは自分の筆を折る以上に辛いことだ。

 それだけは起きてはいけない。


 炎上の対処を佐藤と相談し、会社として声明は出すがそれ以上の対応はしないことになった。

 ひとまず今回の件に関して無関係なのは事実。

 新作シングルを作詞したのだって、安本が倒れたことによるイレギュラーなものだ。

 変にかばう必要もなく、変につき放つ必要さえない。

 方針さえ決まれば、主はここにいる必要もない。

 原稿を書くために、主は帰宅しようと腰を上げる。

「あ、そうだ! 先生、編集部に顔出してほしいって」

「わかりました。……あれ? 松田さんは?」

 編集部と言われて、先日先送りしたスケジュールを思い出す。

 あの芸術性に重点を置くマネージャーにより、過密という言葉を体現したスケジュール。

 そんな無茶を創り出したマネージャーが見当たらない。

「彼女は向こうの事務所に駆り出されてます」

 美祢たちの事務所に呼び出されているということは、レミの件での対応に追われているということだろう。

 だとすると、いつかの連日勤務の時の様に余裕のない顔をしているに違ないない。

 ということは、気を付けないと信じられない理不尽が降り注ぐことになりかねない。

「え~……後が怖そうだなぁ」

 不安そうな顔の力に、佐藤は笑いながら主の考えを否定する。

 いくら何でもそんなことにはなりはしないと。

 主以上に松田を知っている佐藤の太鼓判。

「大丈夫ですよ。……あっ! 先生、勝手にスケジュール切らないでくださいよ。本気で怒られますからね」

 ただし、それは松田の常識の範疇でのこと。

 主の様に、思い付きでスケジュールを動かそうとすると彼女は苛烈に怒り出す。

 その怒りの一部は、間違いなく主の身体の心配も含まれているのだが、それを知らない主はただ怯えるのみだ。

「わかってますよ」

 大丈夫、心得ている。

 そう言った主だったが、元編集者の佐藤は松田が確実に怒り出す未来を予測していた。

 編集部が急きょ作家を呼び出すなんて、それは作品に何か変化が起きるときに決まっている。

 それは、彼女が創り上げた芸術が崩れることを意味している。

 だからせめてと思うのだ。

 自分にだけは火の粉が降りかからないことを祈る。

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