三百七話
園部レミの記者会見は、淡々としたものだった。
否定するべきものは否定したが、その他の事実はつまびらかにして見せた。
まるでそれが、自分へのファンへの誠意だとでも言うように。
アイドルになった経緯やその頃から立木への恋愛感情を持っていたこと。その感情を原動力にグループの上位メンバーにまで上り詰めることができたこと。
ファンにとっては、聞きたくはない事実だっただろう。
会見中に行われた記者の質疑も真摯に応え、耳にもしたくない際どい質問にも向き合うレミの姿をメンバーは見守っていた。
初めは信じられなかった。
嘘だと思いたかった。
しかしこうしてメディアを通してレミの声を聞いてしまうと、それは真実なんだと思い知らされる。
許されない事なのかもしれない。
でも、メンバーは誰もレミを責めない。
レミは芸能界を引退する。
記者会見で、レミのお腹に新しい命があることも周知されてしまった。
だがただ一つ、隠されたこともあった。
それは、この騒動のネタが誰から漏れたかということ。
まさか、ファンも思い至らないだろう。
レミ自身が週刊誌にネタを売ったなんて。安本とメンバー、そして限られたスタッフのみで共有されたその真実は、レミの悲鳴だった。
立木にも知らせていなかった妊娠。
それをどうしても言い出せずに、思いつめ、衝動的にやってしまった。
冷静で、思慮深いと思っていたレミが、そこまで追い詰められていたことに気が付くことができないでいた。
いつも一緒にいたのに、気が付いてあげることができなかったとメンバーは顔を伏せる。
そのことを話していたレミを美祢は思い出していた。
晴れやかな顔で、まるで悪戯を叱られた後のような少しだけバツの悪いような笑顔。
立木は左遷される。
岐阜に飛ばされるらしい。
だが、岐阜に行くのは立木だけではない。
レミも同行する。妻として。
レミの両親も一度は立木を責めたが、最後は結婚を許したと話していた。
失い物はあったが、丸く収まったというのが二人の見解らしい。
美祢は、まだ心に空いた隙間が埋まらない。
花菜に続き、レミもいなくなる。
レミは満足して去っていくと言ってはいたが、そんな言葉では埋まらない何かを感じていた。
ようやく自分がグループに貢献出来てきたと実感し始めた矢先、二人のメンバーがいなくなった。
その日、美祢はどうやって自室に帰ったか覚えていなかった。
翌日も美祢は、自室から出てくることは無い。
ただ失うことに怯えて涙を流す。
しかし、その翌日。
美祢は、喜びに浸りながら部屋を駆け出ていく。
失うばかりだと思っていた美祢が、レッスン場へと走って行く。
美祢に伝えられたのは、花菜の復帰だった。
その一報に走り出したのは、美祢だけではなかった。
はなみずき25のメンバー全員が、復帰する花菜を出迎えるために同じ場所を目指して走り始めた。
花菜に会える。
花菜とまた活動できる。
花菜の後ろで、輝くアイドルの道を走ることができる。
はなみずき25のメンバーは痛感していた。
やっぱりこのグループは、はなみずき25は高尾花菜がいないとダメだ。
「花菜!!!」
美祢は誰よりも先にレッスン場に飛び込んだ。
自分の憧れた、夢の場所へと。
「……美祢。久し振り」
「久し振りじゃないよぉ~~~!!!!」
花菜の顔を見た美祢は、花菜の胸へと飛び込んでいく。
抱き合う二人を後から駆け付けたメンバーが発見する。
久しく見なかった、美祢の涙。抱き合う花菜と美祢。
あるべき姿を取り戻したかのような、そんな安心感がそこにあった。
「花菜!!!!」
「みんな……」
メンバーも花菜に飛び込むように駆け寄る。
誰もが泣いていた。
新しくメンバーになった智里でさえ、美祢と花菜の姿をみて泣いていた。
誰もが想った。
また、あの頃の様に。
レミはいなくなってしまったが、またはなみずき25を引き連れた強い花菜がいた頃に戻れる。
憧れたあの背中が、再び帰ってきた!
花菜のいない間に、大きく強くなった美祢もいる。
あの頃のように、いや、もっと今まで以上に。はなみずき25はもっと大きくなれると、誰もが確信していた。
だからだろう。
誰も花菜の変化に気が付いていなかった。
見て見ぬふりではなく、全く誰も。
花菜の目にうっすらと残るクマ。頬がやつれ、出会った頃の覇気がない。
駆け寄るメンバーに戸惑っているような、微妙な表情。
メンバーは知らなかったのだ。
花菜がまだ完全に復調していないことに。
花菜の耳には、あの絶望の音がこびりついていることに。
グループのピンチに駆け付けたヒーローは、未だに満身創痍であることに気が付いていない。
仕方がなかったのかもしれない。
本人たちが納得したとしても、結成初期からグループ内の架け橋になっていたレミがいなくなったのだから。
結成当初から自分達を叱咤激励してきた、一番近しい大人であった立木がいなくなったのだから。
無理を言って花菜を復帰まで導いた、新しいチーフの兵藤を誰も責めることはできないだろう。
花菜が復帰すると言わなければ、誰も現場に出られなかったのだから。
その決断が間違いであったことを、誰も責めることはできない。




