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三百六話

 重役たちから解放された安本は、久しぶりの自分の作詞部屋に立木を伴って訪れた。

 立木は作詞部屋に入るなり、頭を床に擦り付ける。

「大将、いえ、安本先生!! 大変申し訳ありませんんでした!!!!」

 安本はゆっくりと振り返り、土下座している立木を見る。

 その姿に思わずため息がこぼれる。

「まったく、困ったことをしてくれたな。まあ、正面から向き合えって言ったのは私だからな。……それにしても、私と同じことまでするなんて……お前は本当に私が好きなんだね」

「……」

 思わず笑ってしまう安本だったが、その声が恐ろしく固まってしまう立木。

 いつまでも顔を上げない立木を無理やりに起こして、今度は真剣な声で立木を諭す。

「まあ、これであの年代の娘がどれだけ危ういのか理解できただろ?」

「……はい」

「次はうまくやりなさい」

 理解できたのなら、それでいいと安本は本心から思っていた。

 だが、本来なら責められるべき自分を責めない安本を正面から見れない立木がいた。

「ですが……」

 何とも情けない声を出すものだと、安本は再びため息をしてしまう。

 まるで出会った頃に戻てしまったかのようだ。

 少しは自分を理解しているかと思ったが、そうでもないらしい。


 安本は顔を下げてしまった立木に、いつも以上にふざけた口調で言い放つ。

「立木ぃ、お前ね? 何も額面通り受け取る必要なんて無いんだよ?」

「……何がですか?」

 何を言われているのか理解している様子はない。

 もしかして、混乱しているのか?

 まあ、確かに混乱もするか。

 いつもはメンバーに毅然とした態度を取る立木のこの姿。

 リーダーの小山あいにでも見せたら、どんなに弄られるのだろうか?

 笑い出しそうになるのを抑えて、安本はもう一度諭すような口調に戻す。

「処分さ。立木、お前は誰の部下だ?」

「もちろん、大将です!!」

 そこに偽りはなかった。

 例え行動が伴ってなかったとしても、自分が誰の部下であるのかを間違えるわけはなかった。

「なら、アイドルの創り方は知ってるな?」

「大将ほどではありませんが」

 そう、これまで何組ものアイドルを手掛けてきた。

 安本の元、成功した例も失敗した例も数多く見てきた。

 それは本当だ。

 立木はようやく安本の眼を見ることができた。


 立木の眼を見て、安本は今度は大丈夫だと笑顔を見せる。

「ならさ、地方でいい人材発掘するチャンスだろ?」

「え?」

 安本は言っている。

 飛ばされた先で、新しいアイドルグループを創設しろと。

 これまでの経験を活かして、自分の部下らしくアイドルを産み出せと。

 しかし立木の顔は、まだ安本の言葉が届いていないようだ。

 仕方がないと、安本は立木の見慣れたフィクサーの顔をのぞかせる。

「あのね、僕ははなみずき25もかすみそう25も今のままでいいとは思っていないんだよ」

「え、あの?」

 いきなり始まった、安本の広げる絵図の説明。

 普段は聞くことのない、安本の計画。

 いつもは全てを聞かずに、行ってきた。

 しかしこうして話すということは、計画の一端を担えということだ。

 処分されたはずの自分が? なんで?

 疑問のまま、立木は安本の言葉を待った。

「賀來村美祢が所属するグループと所属していたグループ。同一視されかねないだろ?」

「はい」

 確かにそうだ。

 世間一般には、二つのグループを区別するほど認知されているか? 経験から未だ完全では無いと言わざるを得ない。


 安本は厳しい顔になる。

「飽きられる可能性、考えた事あるか?」

「……そ、それは」

 それも確かに考えたことがある。

 二つのグループに所属させた賀來村美祢。このアイドルが活躍すれば活躍するほど、両方のグループは話題になる。現にそうして今がある。

 だが、その話題性はいつまで持つものか?

 話題にならなくなったアイドルほど悲惨なものは無い。

 それまでは受けなくてよかった仕事を受けないと活動できなくなる。

 それは確実にアイドルの光を奪うことになる。


 だからこそ、安本は欲していたのだ。

「だからね、必要なんだよ。ライバル」

「ラ、ライバル……?」

 安本の求めていたモノ。それは、はなみずき25とかすみそう25に共通するライバル。

 ライバルの存在は、どちらかが話題になれば引き合いになるもの。

 上手く相乗効果のある関係にできれば、常に話題が途切れることは無い。

 何よりもっと上手くいけば、社会現象にまで持ち上げることだってできる。

 それは過去の事例による現実だ。

「ああ、地方からとんでもない魅力をもったアイドルが東京のライバルと激突! なんて心躍るだろ?」

 いつも見せる安本のいたずら者の顔。

 こうして自分がその矢面に立つとなると、こんなにも不安になるものかと立木は思う。

 そして心のどこかで、美祢と主に今までのことを詫びる。

 そんな余計なことを考えていたら、少しだけ冷静になった立木がいた。

 だから、安本が何を例に挙げたのか思い出すことができた。

「どこかで聞いたことのある話ですが」

「種族は違ってもアイドルに必要なのは、ドラマ性だ」

 やっぱりか。

 思わず立木は頭を抱える。

 いくら何でも産業動物とアイドルを混同させて計画するなんて。

「……」

「大丈夫、お前ならやれるさ」

 少年の様に笑う安本が少しだけ憎く見える。


 一通り話を終えた安本の顔は、再び大人の顔へと戻っていた。

「さて、もう一人……話しを聞かないとな」

「……」

 安本が誰を呼び出そうとしているのかを立木は察した。

「立木、君の問題でもある。同席しないさい」

「……はい」

 園部レミは、呼び出されてすぐに二人の前に現れた。

 その顔色はいつも以上に良くはなかった。

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