三百五話
主の作詞作業が終わると、その忙しさはアイドル達に波及していく。
先ずは、はなみずき25の6大ドームツアーのラストで新曲の発売決定されたことが公表された。
そこからフォーメーション発表やレコーディングに振り付けなど、現場は慌ただしく動き始める。
販促のためのイベントや新しいグッズの作成、製作スタッフも部署関係なしに誰もが忙しい。
本来いるべき安本源次郎がいないという不安を忘れてしまうほど、はなみずき25とかすみそう25の運営スタッフは仕事に没頭していた。
だからだろうか?
本来なら起きてはいけないことが起きてしまうのだった。
それが世間に出回ったのは秋になり、はなみずき25の新しいシングル『スタートラインは違っても』がいよいよ製造ラインから流通に乗り始めた頃だった。
芸能系の週刊誌が、とある見出しを大々的に打ち出したのだ。
それは、美祢たちの所属する事務所に先だって伝えられた記事。
その記事の内容は、はなみずき25の上層部と退院はしたものの療養中の安本が急きょ呼び出されるほどの問題となっていた。
「安本さん!! これはどういうことですか!?」
「どうって言われてもねぇ」
「大問題ですよ!!」
「そうだねぇ」
安本の手には、その問題の記事がある。
安本は、上層部に詰問されながらその記事に目を通している。
その問題となる記事は、『注目のアイドルグループ、はなみずき25の人気メンバーに熱愛!! 園部レミと安本源次郎の右腕が不倫!?』という見出しだった。
レミの相手の名前は隠されているが、それを読めば相手が立木であることは明白だった。
安本源次郎という金の生る木を擁していながら、自分達は一切関与できないというストレスをここぞとばかりに安本へと向け吠える。
「あなたが任せていた部下が、こんな大問題を起こしたんですよ!? それでそんな態度は無いんじゃないですかね!?」
「う~ん、まいったね。本人に確認してきていいかい?」
「確認するなら、今ここに呼べばいい」
「おいおい、こんな場所に呼んだら委縮しちゃうだろ? 怖い老人たちが揃ってるんだから」
吠えてた重役を無視して、安本は一人静かに応答する知己に笑いながら答える。
だが相手も立場上安本の脚本に付き合うことはできない。
「委縮していても、説明は聞かないといけないだろう」
「なるほど、そうだね」
普段、安本を擁護する男もこの場では、擁護することができないと視線も合わせない。
会議の主導権は、重役側にあるまま立木を召喚することになってしまった。
「立木プロデューサー、この記事に書かれている人物は君だね?」
「は、はい。間違いありません」
「不倫とあるが?」
事実を認めた青い顔の立木が、慌てて否定する。
「い、いえ、決して不倫じゃありません!! 私が結婚していたのは事実ですが、妻とは死別していますし! それに……」
「問題は、そこじゃないんだよ!!」
ようやく安本を糾弾できると意気込んでいた重役が、じれったいと堰を切る。
「アイドルが所属する事務所のプロデューサーと恋愛関係になった!! しかも毎晩のように通っていたというじゃないか!? そこは本当なのかね!?」
「はい……本当です」
「だったら!!! 君が結婚してようがしていまいが関係ない!!! そうじゃないのか?」
「……その通りです」
「安本さん!!! あなたは部下にどんな指示を出していたんですか?」
細部が違ったとしても、大筋に違いが無いなら問題は変わらないとして、標的通りに安本の責任問題へと発展させようと息まいている。その様子を隠しもしないのは、さすがに政治下手で有名なお飾りだと安本は笑いそうになってしまう。
「どうと言われてもね。大人同士なんだから仕方のないこともあるだろう?」
「仕方なくないから言ってるんですよ!! 前回はあなた自身が、今回は部下が! まったく同じ問題起こしているんですよ!?」
ああ、そう言えばこの男は前のアイドルグループのプロデューサーだったかと、ようやく合点がいった。
あの時も最後まで問題にしようと騒いでいたのは、この男だったな。
安本の記憶が蘇ってくる。
あれはあれで恩を売ったつもりだったが、本人が自覚していないなら仕方がない。
「立木。園部君に無理やり迫ったなんてことは?」
「ありません!!! 絶対にありません!!」
「なら、仕方がないんじゃないかね? 無理やり迫って、裁判沙汰になったわけじゃないし」
安本は一番吠えている、元プロデューサーへと視線を投げる。
赤くなっていた顔がより一層赤くなる。
「無理やりだとか、そんなこと関係ないんですよ!!」
「そうだね。因みに言えば、時間も関係ないらしいよ? 原田君」
安本の厳しい視線がさっきまで吠えていた男に刺さる。
「な、何が言いたい?」
「いやいや、君の細君は元気だろうかと思ってね? ああ今は賢木君だったね」
「き、貴様ぁ!!」
賢木には何のことか見当もつかない。だが明かに安本から挑発されていることだけは認識できていた。
今にも殴りかかりそうなほど、激高している。
「彼女も気にしていたよ。あの娘、浅羽クン」
「なっ!! ……っっ!!」
安本の出した名前で何を言いたいのかを理解した賢木は、悔しそうに自分の椅子へと沈み込む。
射殺しそうな視線を安本へと向けたまま。
「まあ、確かに問題は問題だ。どうだろう? 彼の処分含めて僕に一任してくれないかな?」
「降格は免れんぞ?」
「え~。降格はしなくても良いんじゃないか?」
「自分の部下だからと言って不問にするなら、我々で処分を下すが?」
厳しい視線が安本に集まる。
「降格はしない。だが、このままの地位は任せられない。だから地方に飛んでもらうってのはどうかな?」
「左遷か」
「ああ、岐阜で持て余してる事務所あっただろ?」
安本が言っているのは、地方タレントが所属する芸能事務所のことだった。
傘下ではあるが、目立った利益もない弱小事務所。遠くないうちに閉めようと度々議題に上がる事務所だった。
「あそこか」
「うんうん。問題となったアイドルと離す意味でもちょうどいいんじゃないか?」
「私は問題ない」
そう言うと決議に入る。
悔しそうな賢木を含めて、全員の手が挙がっている。
立木は頭を下げて、処分を受け入れるのだった。




