三話
はなみずき25はテレビ以外にも毎週金曜日の深夜にラジオ番組のレギュラーを持っている。
メンバーが週替わりでパーソナリティーを務める形式で、美祢ももちろん担当が廻ってくる。
ラジオでの美祢の人気は実はそんなには悪くない。美祢担当回宛てのメールは担当作家やADが時間をかけて仕訳けている。特に花菜との回では、深夜ラジオにしては異例となる聴取率に数字が付いたこともあり局としては大変ありがたいアイドル番組である。
美祢の人気は本人の目につかないところで確実に上がっているのだか、本人の目に届いていないからか時折不用意な発言が番組内の会話で広がってしまうこともある。
「そういえば、美祢って読書家なの? いっつもスマホで何か読んでるよね?」
そう切り出したのはその週を一緒に担当する花菜だった。
「たまたまだよ、そんなの~」
読書家と言われて少しだけうれしくなる美祢。未だに明確なキャラ付けがされていないと思っている美祢にとってはグループ内のトップから引き出してもらえた新しい自分を発信するまたとない機会だ。
「けど、ちょっと最近推しの作家さんがいるんだよね~」
「推し? 有名な人なの?」
「ん~、小説投稿サイトの人だからプロじゃないだろうけど、すっごく面白いんだぁ~」
自分が不用意な発言をすることを認識している美祢は、頭に浮かんだタイトルを意識して頭の奥に沈めた。
決して口には出さないと。
「なんて奴だっけ? ちかぜなんちゃらとかなんとか?」
「あーー! ダメ絶対! タイトルは言わないの!!」
「えー、それくらいダイジョブくない? え? あ、ダメなの?」
同席していた作家からもダメ出しを喰らって花菜は慌てて話題を変えようととんでもないことを口にしてしまう。
「そっか、熱心に感想書くぐらいハマってるんだよね? 確か」
「あーーー!!! それのほうが言っちゃダメな奴!! ダメだよね?」
珍しくテンパってしまった花菜に対してスタッフの笑い声が起きる。そしてその花菜に対して美祢が強気で指摘するといういつもとは違った関係が美祢担当回の人気の秘密である。
スタッフは笑いながら美祢と花菜の会話に手ごたえを感じている。そのためいつもはある程度のところでコーナーに行くよう指示するのだが、今はもう少しこの会話の尺を伸ばすために笑いながらブースの光景を見守っていた。
高校生である二人のラジオは深夜に流すとはいえ、収録したものだ。まずい部分はカットができる。なので、話題に上がっているサイトにも作家にも迷惑は掛かることはない。
そう高をくくっていたのだ。
しかし、ファンの熱量を読み違えるというミスは、いつの時代にも起こるものである。
この回が放送されるとにわかに活気づく場所があった。それは現実世界ではなくネットの中のとある掲示板での出来事だった。
ファンにとってアイドルにつながる情報ならばなんだって検証と捜査を行いたがる人種がいる。
いわゆる特定班と呼ばれる人たちのことだ。
ほんの些細な情報から真実にたどり着くこともあれば、全く見当違いなことを真実と認定してしまうこともある扱いが非常に難しい、ネット界のアンタッチャブルたちが美祢と花菜の発言に動き出してしまったのだ。
そして今回は真実にたどり着いてしまったのだ。
即ち@滴主水こと佐川主の小説まで。
◇◇◇
その日土曜日にしては珍しく早く帰ってこれた主は、水曜日の小説投稿のために少しでも書き溜めておこうといつもの手順で小説投稿サイトを開こうとパソコンの前にいた。
しかし、サイトは一向に開くこともなくブラウザのホーム画面を表示したままになっている。
「? おかしいな」
別窓で別のサイトへと向かうと通常の速度でサイトは表示される。
「メンテか? 聞いてないけどなぁ」
そうして主が向かったのは投稿サイトの公式アカウントのSNSだった。
そこにはこう書かれていた。
「高負荷でサイト表示できない? 珍しいなぁ。また面白いのが出てきたか?」
このサイトでは時折そういった現象が起きる。
まさかそれが自分の小説だとは、微塵も思わない主。
「仕方ない、買い物行こ」
主は、パソコンをそのままに出掛けてしまう。
ブラウザはいまだに開かない。
主がドアの鍵をかけたその時、ようやくブラウザは小説投稿サイトのトップページを表示する。
トップページにはランキングが表示されている。そこに主の小説タイトルが書かれている。
そして主の忘れていったスマホに連続して通知が届く。SNSからの通知が途切れることなく鳴り響いている。
主は微塵も想像していなかった。
今この瞬間自分の人生が、劇的変化の真っ最中だとは。
まさか両親が願った、物語の様な人生が自分にも用意されていようとは。
「もし、この世に神なる存在がいるのであれば、きっとそいつは愉快犯的思考をしているに違いない」
後の佐川主は、強くそう主張することになる。