二百九十七話
収録での最終種目。1,500m走で、美祢は驚異の速さを見せつけていた。
美祢はそれまで幾つかの競技で高順位獲得し、製作スタッフの目論見通りに優勝戦線に参加していた。
その好成績の後ろを意外な人物が追っていた。
かすみそう25の小飼悠那。美祢の後輩でもある彼女が、美祢に必死に喰らい付いていたのだ。
ちょっとのことで緊張してしまう後輩の小飼悠那の健闘に、美祢は驚いていた。
しかもインタビューで、美祢に勝ちたいとはっきり言っていた。
自分のいないグループを支えようとするその表情。きっと自分も同じ表情なのだろう。
後輩の成長と奮闘が嬉しい。だからこそ、美祢は負けるわけにはいかないと最終種目に望んだ。
奇しくも先輩後輩対決となった、最終種目。
二人の激走は、現場でもスタッフの目を奪い興奮を呼んだ。
そして放送時には、競馬さながらのナレーションが付けられたのだった。
「速い! 速すぎるぞ賀來村美祢!!? 大逃げだ! 先頭の賀來村美祢が大きく逃げる。だが後ろに後輩の小飼悠那が迫っている!! 逃がさないと小飼がその差を詰める!! さぁ勝つのはどっちだ!?」
わずかに前を行く美祢。その後ろには悠那の必死の顔。
美祢にもすぐ後ろの悠那の足音が聞こえている。
運動系のヒット祈願で、目立った成績を残している印象のない悠那が自分に迫っている。
そんな悠那の活躍は驚きと共に、美祢の心を躍らせた。
アイドルの本業ではない分野での悠那の健闘。
もしかしたら無駄な努力に終わるかもしれない、披露する場がなかったかもしれないのに、それでも悠那が努力をしてきたという事実に感動すらしていた。
「賀來村か!? 小飼か!? 小飼悠那が先輩を捕らえる!! もうゴールは見えているぞ! 逃げる賀來村! 追いつけるか小飼悠那!!」
美祢の視界に割り込んでくる悠那の影。
後輩が全力で挑んできているのは、その息遣いで美祢にもわかった。
美祢は最後の一滴まで振り絞って、スパートをかける。
美祢のスパートに反応した悠那もほぼ同時にスパートをかける。
置き去りにしたと思った悠那の影は、まだ美祢の影と共にそこにある。
「ゴ~~~ル!!!! 勝ったのは賀來村美祢! はなみずき25の賀來村美祢が一着でゴ~~~~ル!!! 2位は僅差でかすみそう25の小飼悠那!! 小飼悠那大健闘です!! 1,500m走の勝者は、はなみずき25!! 賀來村! 賀來村美祢ぇ!!!!」
小飼悠那が倒れ込んだその少し先で、美祢は両手を膝に置いて激しく息をしていた。
その差が、勝者と敗者を分けたかのような画面。
それを捕らえていたカメラに、美祢が笑顔で勝利のサインを送る。
勝者の勝ち名乗り。
控えめな勝ち名乗りだったが、笑顔は完ぺきだった。
画面いっぱいに赤い顔をした笑顔の美祢。
そして大きく息を吸い込んだ美祢が歩きだす。
美祢の歩く先には、まだ倒れたままの悠那の姿。
倒れたまま忙しなく胸を上下させる悠那に、美祢の手が差し出される。
美祢の手を取って起き上がる悠那に、美祢がカメラに乗らない言葉をかける。
その口が何を言ったのか、誰にもわからない。
だが、美祢に抱きしめられた悠那が美祢を控えめに抱きながら流した涙をカメラが見ていた。
先ほどまで必死に争っていた先輩と後輩。
それがお互いを讃え合うように、抱き合う光景は何とも美しい。
そして涙を流す悠那から笑顔の美祢へとカメラが回りこむ。
美祢の悠那を讃えるような笑顔の下に総合優勝のテロップが流れる。
それは下馬評通りの勝利だった。
しかしそれ以上のドラマを見せた美祢と悠那の姿は、放送後すぐにネットニュースとなって駆け巡る。
抱き合う二人の姿の後ろで、はなみずき25の新曲『花散る頃』のイントロが流れる。
画面が切り替わり、後日収録されたであろう、はなみずき25のパフォーマンスが流れる。
分割された画面に、健闘した他のアイドル達のハイライトシーンも流れている。
深夜のアイドルバラエティーで必死な姿を見せるアイドルの様子は、決してはなみずき25やかすみそう25だけがアイドルではないと言っていた。
群雄割拠なアイドルの現場を視聴者へと伝えていた。
その中でひときわ光を放つのが、はなみずき25であり賀來村美祢だということが印象的な演出だった。
絶対的エースを欠いて尚、その光に陰りを見せないはなみずき25というアイドルグループ。
そしてその後を追うように、後輩のかすみそう25が迫っている。
姉妹グループであっても手を抜かない姿に、視聴者は魅了されていく。
スタッフロールの最後にはなみずき25の新曲『花散る頃』と、まだタイトルが決まっていないはなみずき25のメンバー園部レミの写真集の告知が流れた。
美祢とは違う大人な雰囲気を纏うレミの表情。
それに注目が浴びるのは、当然なことだった。
はなみずき25の新しい活動に、注目が浴びるのは当然なことだった。
美祢をはじめ、他もメンバーも自身の所属するグループに貢献しようと必死に活動してるのだから。
努力は報われる。
そう信じたメンバーの活躍は、他の番組でも見られていた。
そしてその注目が何を呼び込むのか、その時の美祢たちには何もわからなかった。




