二百九十六話
美祢単独出演の番組収録の日。運動場に集まられた大勢のアイドル達は、深夜番組とは思えないぐらいに気合が入っている。
オープニングのため横一列に並んだその様は、さながら競走馬のゲートのようだ。
緊張と気合で表情の硬いアイドルたちをしり目に、美祢はいつものように笑顔を携えて並んでいる。
その姿は王者のようなたたずまい。
その美祢を見て、自分を売り込むために参加したアイドル達は、小さな美祢を見上げるように覗いている。
今までに無い緊張感にMCを任された、若手芸人も緊張した様子でカメラの中央に歩いて来る。
殺伐とした空気が、年上の若手芸人の頭を下げさせる。
アイドルが浅く頭を下げるのに対して、芸人はそれなりの深さで小走りに行く姿は制作サイドにため息をつかせる。
そんな中、美祢と他一名のみ恐縮している芸人に深く頭を下げて、大きな声であいさつをしている。
非常に好感度の高いその所作。
自然とその二人に意識が集まるのは仕方がなかった。
美祢と小飼悠那の二人に。
短く確認事項が伝えられると、若手芸人たちは息を吸い込み意識を切り替える。
「さぁ~~~!! 始まりました! アイドルが自己PRと曲の宣伝をかけてバトルするという番組!! アイドルコロシアム!!! 今宵も開催です!!」
仕事用の仮面をかぶった芸人の大きな声で始りが告げられる。
それに反応したように、アイドル達も営業用の笑顔で場が盛り上がっているように見せる。
「わぁ~~~~!!!!」
拍手をしたり、飛び跳ねたりと、自分は盛り上げもできますよと必死のアピール合戦となったオープニング。
企画説明をする芸人の言葉に、様々なリアクションを見せる。
カメラに自分はここにいるぞというアピールと共に。
「さあ、それでは最初の一種目め!!! やってきましょうぉ~~~~!!!!」
オープニングを閉める言葉に、今まで以上に声を張り上げるアイドル。
過剰に見えなくもないその盛り上がりを、制作サイドは止める様子もない。
必死なアイドルの様子は、この番組をどう足掛かりにするかという意気込みの表れであり、その必死さがドラマを呼び込むことを知っているからだ。
なので製作スタッフは、冷静だ。
「ハイ! オッケーです。それでは一種目めの『浮島手押し相撲』に参加されるアイドルの方たちはこちらに集まってください!!!」
熱の入った出演者を、冷静に手順通りに所定の場所に誘導してく。
だが、それはあくまで制作サイドの話。
出演するアイドルには、共演するライバルに思うことがある者もいた。
「賀來村美祢!」
「は、はい!」
怒声のような声で呼び止められた美祢は、肩を震わせながら振り向く。
そこにいたのは、美祢と同じぐらいの背丈のアイドル。
大きな背丈ではないが顔の小ささが等身を演出し、ジャージ姿でもスタイルの良さを前面に打ち出していた。
そんな可愛らしいアイドルが自分を呼び止める顔は、到底アイドルがしていいような表情をしていない。
睨まれている。
何かを言いたげな表情をしているのに、彼女から発せられる言葉はない。
それが美祢には恐ろしく映る。
「……」
「……あ、あの……?」
沈黙に耐えかねて、美祢は正面で睨むアイドルに呼び掛ける。
何の用ですか? と。
「何であんたがこの場所にいるの?」
「何故って、呼ばれたから……ですけど」
美祢は当然のように答えた。
収録に呼ばれたからいますと。
美祢のその言葉は、相手の顔が赤くさせてヒートアップさせてしまう。
「! ……っ!! 負けないから!!」
周りに響くようなその声に、美祢は笑顔を浮かべて応える。
「はい、私も負けません!!」
真剣勝負なら望むところだ。
元々そのつもりで参加した番組だ。
先輩だろうと、後輩だろうと、他のアイドルを立てる気は元からなかった。
花菜のいない今のはなみずき25に注目してもらうには、自分が率先して戦うしかないのだから。
花菜が戻ってきたときに、花菜のとなりに自分が立つために。
美祢も力のこもった視線を返す。
そんな二人に拍手が降りかかる。
この番組のプロデューサーが、二人に歩み寄りながら拍手をしている。
「良いですねぇ~。バチバチ具合が素晴らしい!!」
「プ、プロデューサー!?」
「でもね、そういうのはカメラ前でお願いしますね」
笑顔で注意を受けるが、その眼が笑っていないのが見えると二人の姿勢が正される。
「は、はい!」
「もったいないから、ね?」
プロデューサーの言葉に、二人が頭を下げて走り去ろうとすると相手を呼ぶ声が美祢に届く。
美祢はそのまま、競技の場所へと急ぐ。
プロデューサーと対面したアイドルは、緊張した面持ちで言葉を待っていた。
現場で騒動を起こしたと思われたら、自分のような弱小アイドルはひとたまりもない。
それがわかっていたのに、賀來村美祢を見て止まることができなかった。
どうしよう。これで帰されたら事務所にも仲間たちにも迷惑をかけてしまう。
怯えたような顔が、地面に向けられていた。
「咲島ちゃん」
「は、はい。なんでしょうか?」
咲島真琴の怯えた顔があげられる。
そんな咲島にプロデューサーは笑顔を見せる。
「有名になりたいよね?」
「はい」
先ほどまで怯えていた咲島は、プロデューサーの言葉にしっかりとした声で答える。
そこに何の迷いもない。
チャンスをものにしたい。
その意志だけは明確だった。
それを喜ぶようなプロデューサーの顔。
「賀來村チャンに完封したら、もっと大きな番組呼んであげれるから。頑張ってね?」
「は、はい! 絶対に勝ちます!! あの娘には負けません」
自分に怯えながらも完勝を宣言したアイドルに満足そうな表情を返す。
「うん、ありがとう。期待してるね?」
アイドルに激励の言葉を残して、背を向ける。
プロデューサーの顔は笑っていた。
話題は一つでも多い方がいい。
それが誰も期待していない者なら、なお良い。
今の時代、ちょっとのことでネットニュースになる時代。
きっかけは何でも話題になる時代。
それが自分の番組なら、それが一番いいとその笑顔は言っていた。




