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二百九十三話

 厳しい目線の美紅に恐縮する美祢。

 かすみそう25のメンバーにとっても懐かしい光景だ。

 そんな懐かしい光景に、割って入る声があった。

「あの!」

「ん? 綾ちゃん、どうしたの?」

 佐川綾が決意した目で美祢を見ていた。

「あの、今の……全力で踊ってる美祢さんを見ておきたいんです!!」

「はい!」

 江梨香も同じ目をしている。

 もしかしたら、これを言いに来たのかもしれない。

「え……でも……」

 美祢は即答できない。

 後輩のお願いならかなえたいという気持ちと、後輩をはなみずき25のメンバーのように固まった状態にしたくはないという葛藤。

 あの状態の自分が、自分の思うアイドル像からかけ離れているという自覚があった。

 だから美祢には、素直にうなずくことができない。


「やってやって、美祢」

「いいの?」

 いつもなら止めるはずの美紅が、了承した。

 かすみそう25結成以来初めての出来事に、美祢は驚きを隠せない。

 美紅も危険だとわかっていたから、さんざん止めていたというのに。

 本気なのかと美祢は、美紅を見てしまう。

 だが、美紅は黙ってうなずくだけだ。

 本当にいいの?

 美祢はやはり戸惑ってしまう。

 感情を抑えながらダンスで感情表現するという矛盾。

 それはかなりの労力を払う行為だ。

 何も考えずにダンスに集中してしまえたら、それほど楽なことは無い。

 

 この二人はまだいい。

 だけど、その他のメンバーを考えれば、到底やっていい事ではない。

 葛藤中の美祢に飛びついて来る公佳。

「任せて、ママ! 私たちがフォローするから!」

「うん……任せて!」

 有理香も胸を張って同意している。

「だってさ」

 美紅も先ほどとは違い、安心しろといった表情をしている。

「本当に、いいの?」

 お披露目ライブの時の感情が呼び起こされる。

 あの時の自分を反省したはずなのに、心は何故だか暖かい。

「お願いします!」

 気が付けば楽屋にいるかすみそう25のメンバー全員が美祢に向かって頭を下げている。

 これは、かすみそう25のメンバーの総意だ。

 あるメンバーは美祢という特異を知っておきたいと願い、あるメンバーは美祢のとなりに立つ智里を見たいと願っている。

 そうか、これが自分が彼女たちに残していける最後のモノなのかもしれない。

 美祢は覚悟を決める。

「もう、みんなまで……わかった! フォローは一期生にお願いするからね!!」

「任せてよ!」

 美祢ははなみずき25では、いや、他のアイドルには到底お願いできないお願いを一期生メンバーに告げる。

 一期生メンバーはそれなら任せろと、皆笑顔を返す。


 そして美祢は、これまで何度も助けられ、これからも何度も助けられるであろうメンバーを強く見る。

「智里、智里も本気でね」

「……わかりました!! 絶対に美祢さんのとなり踊り切ります!」

 智里も覚悟をもって頷いていた。

 これから何年先もとなりに居続けると誓うように。


 はなみずき25の『花散る頃』を収録する美祢は、まるで遠慮がない様に全力で踊っていた。

 お披露目ライブの時のように、そこに花菜がいるとスタジオ中に錯覚させながら。

 しかしカメラにまでは、その花菜は映りはしない。

 だが、花菜をカメラの外まで投影しようと感情を込める美祢の気迫はありありと映し出されていた。

 陶酔するようにダンスに入り込んでいく美祢と、その隣で現実に引き留めようとする智里のダンス。

 カメラ割りという演出が崩れてしまうのも仕方がなかった。

 なぜなら現場は熱狂の渦の中。

 美祢と智里に引きずられるように、他のメンバーもダンスにのめり込んでいた。

 その熱が作り手としての何かを触発した結果だった。

 結果としてその放送は、大成功を収めた。

 SNSでトレンドを独占し、切り抜きが何万回と再生された。

 ……しかし、その数分後そのトレンドは一瞬で塗り替えられた。


 あとから放送されたかすみそう25による『道は違うけど心はあなたとともに』が披露されたからだ。

 ライブのときとはまた違う美祢と智里の共演。

 先ほどの『花散る頃』と同様に、美祢はダンスに陶酔していく。

 別れの感情が画面越しにも伝わり、見る者の涙を誘う。

 何より先ほどは抑えられていた智里も、感情を爆発させたように踊っている。

 完全にWセンターが入り込んだ楽曲は、画面の向こう側にまで絶大な影響を与えていた。

 だが、その裏で美紅たち一期生が踏ん張っていたことに気が付いた視聴者はどれほどいただろうか?

 見惚れそうになる二期生メンバーを現実に引き戻しながらフォーメーションを維持し、後輩たちにパフォーマンス中であることを思い出させる。

 それは見るよりも重労働だった。

 自分達も気を抜いてしまえば、美祢たちのパフォーマンスに飲み込まれてしまうから。

 だが、彼女たちは後輩たちに笑顔を見せて大丈夫だと包み込む。


 そして、間奏が終わるとそれまで感情を露わにしていた美祢と智里が画面から消える。

 2番からWセンターを務めたのは、二期生の佐川綾と宇井江梨香の二人。

 まるで美祢と智里の感情を継いだかのように、二人の楽曲となってカメラに届けられる。

 幻の様に下がっていった美祢と智里。そして今目の前にいる綾と江梨香。

 伝わる温度は変わらないまま、先輩の後を引き継いだ後輩二人は印象的に映し出されていた。

 歌が終わり、アウトロに入ると再び美祢と智里が現れる。

 引き継いでくれた後輩の隣に立ち、この後は宜しくねと笑顔を向ける。

 先輩に向かって力強く頷く後輩二人に、これからのかすみそう25を背負う覚悟をみた視聴者が興奮のまま何度も投稿するとSNSは大いににぎわった。

 まるで新しい時代に突入したかすみそう25を祝うかのような、そんな賑わいだった。

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