二百八十九話
かすみそう25の新曲『道は違うけど心はあなたとともに』の制作も無事に終わり、世に送り出すと忙しない時間で、お披露目ライブが開催される。
姉妹グループの高尾花菜の件を受けて会場の雰囲気が心配されたが、会場はそれなりの熱気に包まれている。
それもそのはず、このステージを最後に賀來村美祢と矢作智里の二人がグループから去ることになっている。
いわば、二人の卒業セレモニーも兼ねている。
一部ファンからは、単独でセレモニーを行わない運営への批判も出ているが、スケジュールを考えれば納得するほかない。
そんな声を聞いてか、一部メンバーにより普段のお披露目ライブとは違うサプライズが計画されていることを美祢と智里は知らない。
「じゃあ、みんな行くよ?」
ライブ開演前、美祢がかすみそう25の最後の円陣にいた。
本来であれば円陣の声出しは、新リーダーの美紅が担当するはずだった。
しかし、メンバーたちのたっての希望により、美祢が最後の声出しを行っている。
「純真! 幸運! 感謝! みんなに届け笑顔の花束! かすみそう25!! 満開!!! に~~!」
色々な感情が渦巻いているだろうメンバーたち。
それでも誰もが、最後の円陣で笑顔を見せている。
本当に頼もしい後輩たちになったと、美祢が泣きそうになってしまう。
智里がまだ泣いていないのに、自分が泣くわけにはいかないと気力で涙を抑える。
「よし! がんばっていくよ!!」
精一杯笑顔を作り直して、美祢はステージへと走り出す。
その後をメンバーたちが追いかける。
「はい!」
美祢にとって、最後のかすみそう25のライブの幕が上がった。
ライブも終盤に差し掛かり、新曲の『道は違うけど心はあなたとともに』の披露が終わる。
今回のシングルは、美祢と智里というかすみそう25の中心人物の最後の参加曲ということもあり、全編別れの曲で構成されることになった。
その構成で、いかにメンバーが二人との別れを惜しんでいるかを表したシングルになっている。
分かれ道を進んでいく仲間の背中を見ながら、それでも自分の道を歩いていく決意。
そして、この別れが今生の別れになろうと、自分はあなたの味方でいる。
どんなに離れてしまっても、それだけは変らないと宣言する『道は違うけど心はあなたとともに』。
美祢が笑顔を見せながら、智里はどこかうつむき加減で披露された歌は、会場から涙を誘う。
「はい! ということで、新曲を聞いてもらいました。……ん? 美紅なに?」
ラストのMCで、美祢が話し始めると美紅がおもむろに手を挙げて注目を集める。
それに反応したように、会場がなぜだか騒がしい。
「美祢、ううん。美祢先輩! これまで本当にありがとうございました!!」
美紅が改まって美祢にお礼を言うと会場は、美祢のペンライトカラーのライトイエローに染まりアリーナ席には人文字で『ありがとう』の文字が浮かぶ。
これがかすみそう25のメンバーと運営が企画したサプライズ。
「ちょっと、美紅! みんなも止めってってば」
動揺した美祢が、思わずみんなを静止させよとあたふたし始める。
「みねさん! 私たちも頑張るから、みねさんも頑張って!!」
普段、ライブのMCでも静かな橋爪有理香もこの時ばかりはと、大きな声をマイクに載せる。
「聞いて下さい!『飛び立つ前は大地に心惹かれてしまうけど』!!」
そして間髪入れず、匡成公佳が次の曲を呼び込む。
この一連の段取りも美祢と智里には内緒だ。
再び動揺した美祢は思わず智里のほうを向いて、状況確認をしてしまう。
「えっ!? なになに?」
曲のイントロが始まっているにもかかわらず、美祢は声を出してしまう。
「……(知らないです!)」
智里は何とかマイクを外して、地声で美祢へと回答する。
ステージでたたずむ二人を取り囲みながら、一期生の別れの曲が披露されている。
流石の美祢も涙を止めることはできない。
智里は顔を覆って、その表情を隠すという珍しい姿をさらしている。
曲が終わり、してやったりと笑顔を見せる一期生。
そんな顔を見て、美祢は何とか声と表情を作って一期生達を見る。
「っんん! もぉ~! 聞いてないんだけど?」
「やった~! 泣かせてやったぜ!」
美紅が荻久保佐奈とハイタッチをして、サプライズの成功を祝う。
「泣いてないもん!」
美祢は慌てて否定するが、その顔がモニターに映し出されているから強がりでしかないことはすぐにばれてしまう。そんなやり取りに、会場からは笑い声が聞こえる。
「……」
会場のモニターに、智里が映し出されている。
うつむきながら、涙を流す姿。
会場のファンには、サプライズの感動に見える。
だが、一期生達にはわかっていた。
今日だけではない。
かすみそう25の現場で、最近の智里は元気がない。
はなみずき25の現場が忙しいのもあるだろう。
けど違うのだ。
智里の涙には、申し訳なさが詰まっている。
「……智里、こっち来て」
「な、なに?」
美紅が智里をステージの中央に呼ぶと、一期生が駆け寄り智里を押しつぶす。
「智里!! はなみずき25加入!!! おめでとう!!!」
「おめでとう!!」
一期生と会場のファンが、声をそろえて智里を祝う。
会場の色がライトイエローから赤に変わり、さっきの人文字も『ありがとう』から『おめでとう』に変わっている。
「え!?」
「智里さん! おめでとうございます!」
「えぇ~。……」
ステージに出てきた二期生達から花束を受け取った智里。
だが、その顔は未だに暗いままだ。
「そんな顔しないの! 私たちの分まで、はなみずき25でいっっっぱい! 暴れてきてね!!」
「頑張れ! 智里!!」
「っっっ!!」
涙で返事もできない智里に、まみが叱咤する。
「泣くな! 智里ははなみずき25に行っても、仲間でしょ!?」
「……っ、う、うん」
涙を拭きながら、智里は何とか返事をする。
「チーちゃん! あっちにいても私が一番の友達だよね?」
「うん!」
日南子の問いには、力強く。
「えぇ~!! 私はぁ~?」
「みんな! 大事な仲間で、友達だよ!!」
美紅の拗ねたような問いには、大声で答えた。
「じゃあ、二期生の歌も聞いてあげて」
「はい! 『未来が辛いものだって、いったい誰が決めたんだろう』!!!!」
美紅が促すと、二期生曲のセンター宇井江梨香が曲を呼び込む。
美祢と智里、一期生が見守る中、その曲は披露された。
アンコールが終わると、美祢は会場に深く頭を下げる。
「みんな、今日は本当にありがとう!! これからも、かすみそう25の応援をお願いします!!」
それに続いて、智里も頭を下げてファンにお願いをする。
「どうか、かすみそう25を支えてあげてください!!」
二人とも自分ではなく、去っていくグループをファンに託していくのだ。
「それじゃ、〆は美紅お願い」
「えっ!? あ、え~っと……かすみそう25でした!!! またライブで会いましょう!!!」
初仕事に戸惑いながらも、新リーダーの役目を終えてメンバーたちと頭を下げる美紅。
その眼には、ようやく涙が浮かぶのだった。




