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二百八十八話

 花菜のいない活動にもメンバーが慣れ始まった頃、楽屋では矢作智里が緊張した面持ちで先輩たちの後ろをウロウロする姿があった。

 時間にして数十秒。智里は意を決したように視界に納めていた先輩に声をかける。

「あ、あの! 小山先輩!」

「ん? 矢作ちゃん、どうしたん?」

「あの! 一緒に写真撮ってくれませんか?」

 真っ赤な顔をして、うつ向きながらもはっきりと口にした要求。

 そんなに意気込むことかと、あいは首をかしげてしまう。

「? ええけど……どうしたん?」

「実は、ブログとかに載せる写真を先輩方にお願いしてまして」

 理由も自分たちの活動を考えれば、ごくごく普通の、言うなれば日常的なお願いだ。

 だからこそ、なんでそんなに……。

 そう思ったあいが、思い出す。

 矢作智里がここにいる訳を。

 そんな智里に思わず感心してしまう。

 結成当時の自分たちのブログにのせている写真。全て自分しか画角にいない自撮り写真しかファンに見せていなかった。

 他のメンバーを載せたのは、……そうか、レミが初めてだった。

 そこからグループ内の不和を噂される事も少なくなった思い出がある。


 智里を見て、レミを思い出す。

 確かに緊張もするだろう。

 まして自分しか必要が無いと思っているのだろうから。

 また同じことを繰り返していたのかと、あいは智里を労る。

「えらい頑張るなぁ……無理しない程度でええんやで?」

「いえ! 新人なんだから、これくらいは」

 あいは再び感心してしまう。

 アイドルの新人、後輩として、自分で考えてグループに対して出来ることをすると言うのは容易ではない。

 萎縮し過ぎないのは、一つの才能と言えるかもしれない。

 ただ、智里の表情が優れない。

 まあ、理由は想像できるが……。

「しっかし、急やな。みんなはなんて?」

「えっと……」

 やっぱり。

 誰に声をかけたのか? 先輩としてもう少し後輩を想ってもいいじゃないかと。

 思わず漏れそうになるため息を押し止める。

 仕方ない。

 それなら自分が始めるしかない。


「まあ、そうやろな。2ショットでええの?」

 立ち上がったあいは、智里に確認する。

「はい! 2ショットだから意味があると思うので」

「詳しく聞こか?」

 智里がどう想ってこれを始めたのか? どうやらだだブログを書くだけではなく、そこになにやら意味があるらしい。

「昨日、美祢さんに言われて気が付いたんです」

「美祢に?」

「はい、私と先輩方の関係性を少しでも良く見せれないなか……と」

 自分が想うよりも野心的な考え。

 それを実行しようとする胆力。

 今までの智里の評価を少しだけ、修正しようとするあいがいた。

「作った関係は、バレたとき大変やで?」

 取り繕った関係性は、ファンには意外とバレるもの。

 なぜならその画面だけではなく、歌番組でのトーク部分やバラエティー番組、冠番組でのエピソードに登場する回数などで、そのメンバー同士の関係性がおぼろげながら見えてしまうものだ。

 そして、その断片的な情報から正解を導き出す者もいる。

 そこからどれほど挽回しようとしても、色眼鏡で見られてしまうこともある。

 智里のやっていることは、諸刃の剣と言える行為。

「もちろん知ってます。でも、私が積極的な姿勢を見せないと」

「まあ、花菜のこともあるしな」

「はい、ちょっと危機感薄れてました」

 花菜の事態は、もうファンの知る所となっている。

 だから、新人メンバーの智里は頑張っているところを見せたい。

 それはわかる。

 だが、智里が危機感を覚えるほど危機なのか?

 あいは、智里の顔を見ながら自分の所感と違うことを告げる。

「そんなヤバい?」

「どうなんでしょう? 私は憶病ですからそんな気がしてるだけかも」

 あいの言葉を受けた智里が、自信なさげにうつむく。

 しかし、あいはその様子の智里を見て智里の策に乗ることを決めた。


「まあ、あんたの言葉なら信じるか」

「良いんですか?」

 受け入れられるとは思っていなかったのか、智里が驚いた表情を見せる。

 そんな智里にあいは、頷く。

「まあ、ウチらの知らない経験してるアイドルの先輩やしね」

「……知ってたんですか?」

 あいの言葉に、智里の表情が曇る。

 アイドルをしている智里が、メンバーに知られたくはない事実。

 それは、かすみそう25の加入以前に違う事務所からアイドルデビューしていたという事実だ。

 智里が小学生のころ、小さな事務所の地下アイドルをしていた。

 学業などの制限もあり、多くの活動はできなかったが、それでも芸能経験と言える活動。

 だが、その活動は長くは続いていなかった。

 グループの最年長メンバーが、一人だけタレントとして活動し始めたのをきっかけにグループの不和を呼び、事務所はグループの存続よりもそのメンバーのタレント活動を優先する決断をした。

 2年ほどの短い活動。だが、智里の眼には、その時の最年長メンバーの姿が色濃く残っている。

 誰の眼にも鮮やかに写るその姿。

 憧れたアイドルとしての姿が。


「ああ、美祢も知ってるやろ?」

「そうですね。たぶん知ってるはずです」

 そう、美祢も知っているはずだ。

 あいが知っているということは、事務所から経歴を教えられているということ。

 なら、かすみそう25のリーダーであった美祢が知らないはずがない。

 それでも美祢は、他のメンバーと変わらず自分を新人のメンバーと同じように扱ってくれた。

 だからこそ、美祢の力になりたい。

 尊敬できる先輩として振舞ってくれる美祢の力に。


 智里の意思のこもった視線を受けて、あいは少しだけ心配になる。

「解散になるぐらいヤバい?」

「いえ、そこまでは……あの当時ほどではないですけど、それなりにですかね」

 智里は心配そうな視線を楽屋に向ける。

 まだまだ、大丈夫だとは思う。

 だが、何かの拍子にメンバーのやる気が失せる可能性をはらんでいるように見えるてもしまうのだ。

「そっか……じゃあ、気合入れて笑顔創りますかね!」

「お願いします」

 あいは、自分の膝を強く叩いて立ち上がる。

 気合を入れたあいは、智里の眼にもアイドルだ。

「お~い! 手が空いてるメンバーは、チーやんと2ショット撮ってから帰ってや!」

「良いんですか?」

「花菜がおらんうちにやれることはやっておかな」

「ありがとうございます」

 そして今この場にいるあいは、間違いなくはなみずき25のリーダー。小山あいというアイドルを完璧に演じていた。

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