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二百八十六話

 肩で息をしている美祢が、智里の紹介を終えたことを告げる。

 それを受けて、片桐は番組を閉めるため相方である小向に感想を求めた。

「さて、一通り聞いてきたけど、気になるところあった?」

「あ、うん」

 小向が少し腑に落ちないような表所を浮かべている。

 本間も何とか取れ高を確保できたと安心した顔を見せている。

 何をそんな表情をしているのか?

「小向君、なに?」

「あのさ、矢作?」

「……はい」

 スタジオの盛り上がりとはかけ離れた、智里の表情。

 まだ緊張した様子でスタジオの中央に、美祢と共に立っている。

 小向のほうを見る智里は、少しだけ涙目だ。

 自分のために罰ゲームを受ける美祢に、戸惑っているのかもしれない。


 そんな智里の様子は目に入らないのか、小向は自分の感じた疑問をストレートに口にする。

「ペンライトの色さ……かすみそう25むこうじゃ、赤じゃなかったっけ?」

「あ、はい。そうです」

 小向の疑問を受け取った智里は、そのことには何の疑問もないかのように平然と答える。

 だが、小向は少しだけ言いずらそうに言葉を繋げる。

「……はなみずき25こっちは、……白なんだ」

 そう、智里はグループを移籍して、新しいペンライトの色を指定していた。

 新しい公式のプロフィールにも掲載している。

 本来メンバーカラーを変えるアイドルというのはあまりいない。

 その色とともに自身の立ち位置をグループ内で定着させていくものだ。

 少なくない固定客のいる智里がしていい事なのだろうかと、小向は疑問なのだ。

 赤は確かに人気な色だ。赤系統のペンライトを使用するメンバーも多い。

 しかし白が悪いわけではない。

 ただ、色を変えることで反発するファンを作ってしまうのではないかと、小向は心配していた。

「はい。ちょっと思うところあって」

「どんな?」

 たぶん、これは聞かないといけない気がする。

 小向の芸人の本能が告げていた。

 これまでの取れ高を考えれば、蛇足になりそうなこの質問。

 編集を悩ませると思いつつ、それでも聞かなければいけなかった。


 小向の質問に、智里は恥ずかしそうに答え始める。

「あの……以前、一回だけ先輩たちと一緒のステージに上がったことがあったんです」

「あ~! 美祢の代役事件ね」

「あ~、美祢のプロ失格事件ね」

「ちょっとやめてください」

 それは、元メンバーの渋谷夢乃の卒業公演での出来事。

 軽度の脱水で、ステージを降りた美祢の代わりに『はなみずき25 つぼみ』の代表として智里がステージに立った事件だ。

 元々注意されていた水分補給を怠り、美祢が泣きじゃくりながらステージを降り、その穴を智里が埋めた出来事。

 もちろん、観覧していた青色千号によって冠番組でイジリに弄られた事件だ。

 美祢が忘れたいと願う、不本意な出来事。

 それをまた冠番組内で持ち出されることを美祢は本気で嫌がっている。


 美祢は嫌がっているが、MC陣の視線は智里を見ている。

 話を続けなさいと言っているのだ。

 美祢に申し訳ないと思いながら、智里は自身の話として小向の質問の答えを手早く話す。

「あ、あの。その時、ファンの方が私に白のペンライトを振ってくれたんです。それがうれしくって……。だから、その時の、なんて言うんでしょう……初心? を忘れないために」

「へ~。そうだったんだ」

 小向は自身の記憶をたどる。

 そんなことがあっただろうかと。

 その口に出さない疑問は、わずかに言葉のニュアンスとして表に出る。

 それを見逃がさないのが、先ほどまで軽く責められていた美祢だった。

「小向さん! あの時、智里のために白に染まった会場みてなかったんですか!?」

「いやいやいや! 見てたって! ……染まってた?」

 必死に弁明しようと否定した小向だったが、どうにもそんな記憶はない。

 もし本当ならメンバーに聞いて責められるのは、自分だ。

 だが、聞かずにはいられなかった。


「……」

 メンバーは無言で首を振って、美祢を否定している。

 その様子を見て、MC陣は美祢に厳しめの視線を向ける。

「おい! 美祢ちゃんよ! 嘘じゃねーか!」

「嘘じゃないですよ!!」

 MC陣とメンバーの視線を受けながらも、自分の身の潔白を訴える美祢。

 あまりに滑稽な美祢の表情に、スタッフたちの笑いも大きくなる。

「いや、多く見ても会場の一割でしたね」

 そしてリーダーのあいによる公式見解。

 メンバーも頷きながら、笑っている。

「もう! あいリーさんまで!」

 違うんだと訴える美祢をスタジオ全体が笑っている。

 いつの間にか、現場の人間の頭から花菜のことが消えていた。

「こらこら! 後輩のエピソード過剰に盛りやがって……罰だな」

「えっ!?」

「美祢に酸っぱいヤツ持ってきて!」

 スタッフが罰ゲーム用のドリンクをもってセットに入ってくると。メンバーも大きな笑い声で歓迎していた。

 もう飲まざるを得ない美祢だけが、青い顔をしている。

 グイっとコップをあおる美祢が、即座に奇声を上げのたうち回る。

 そんな美祢の姿がアップになり、その日の収録は無事に終わるのだった。

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