二百八十五話
「じゃあ、小向君! タイトルコールお願します!!」
「はい。新メンバーをよく知ろう!! 矢作智里、徹底解剖~~~!!!」
収録予定の企画が予定通りに始まる。
小向の声が響き中、返ってくるメンバーの声は小さい。
それでもあいと美祢だけは、努めて大きな声を返す。
このタイトルコールへの返し、片桐にとってはある種のバロメーターになっていた。
元気に返ってくるのであれば、メンバーがどれほど楽しみにしていたのかわかる。
そんな意味では、今日のこの企画は跳ねない。
最悪一本はお蔵入りになる可能性も頭の片隅に置いておく。
だが、企画が成立するように頑張るのはMCの仕事。
お蔵入りになる可能性に蓋をして、さも面白い企画をすると自己暗示混じりに声を張る。
「まあね、新しいメンバーが入りましたよ。もう何回か出演してくれてるけど、そろそろどんな娘なのか知ってもらおうじゃないか!! ってことで、こんな企画をご用意しました!」
片桐の視線が、セットの中央にいる美祢へと向かう。
本当に大丈夫だろうか?
確かにここ最近の美祢の活躍ぶりはすごい。
この番組でも、彼女に救われたことは何度かある。
だが、番組開始当初の美祢を知る片桐たち、大人たちには少しの不安が残る。
番組開始当初、美祢は話を振られては泣き、壇上で注目を浴びれば泣き出す。
オーディション組でも最も活躍から遠いメンバーの一人だった。
そんな美祢が、今誰よりも注目浴びる位置にいる。
片桐の言葉を受けて、美祢は笑顔をカメラに向けてしゃべりだす。
台本には存在しない進行。
カンペすら間に合っていない。
だが、美祢はカメラ目線のまま企画を進めていく。
「はい! ここからは、一番付き合いの長い私、賀來村美祢が、智里はこんな娘なんだよって解説していきたいと思います!」
「おお! 自信満々だな」
「さすが元リーダー!」
はやし立てるMCの二人。
せめて進行に囚われて、空回りしないように間を開けさせる。
「任せてください!」
そんなMC陣の方を振り返り、自分の胸を叩く美祢。
ありがとうございます、でも大丈夫です。
そんな表情が、片桐を撃ち抜く。
知らず知らず、自分さえも緊張していた現場の空気。
それでもまだ、美祢はこうして強気でいられる。
なら、大人として、芸人として、先輩として、自分ができることは全うしないといけない。
「よし! そんなに自信があるなら失敗ごとに罰ゲームな」
「……え?」
場合によってはと、本間と用意していた罰ゲーム。
小向にでもやらせて、メンバーを笑わせて場の空気を換えるために準備していたカード。
それを美祢に向けて切ることを決めた。
そんなこと聞いていないと、美祢の顔は言っている。
もちろん言ってはいない。
「なに? 自信あるんでしょ?」
「あ、ありますけど……」
今日の企画は、矢作智里の企画だ。
だが、この企画の中心は美祢と共に行っていくことを決めたのだ。
「今日スパッと行ける罰ある?」
まるで急きょ決めたような口ぶりで、用意している罰ゲームを確認する。
スタッフからの返しで、小向の顔が歪む。
「あ~、最悪。ここのドリンク本当にきついよ?」
気の毒そうな表情で小向は美祢を見る。
過去に何度か自分も受けた罰ゲーム。
アイドル番組なのに、こっち方面に力を入れすぎなんだと何度本間に本気のクレームを入れたかわからない。それを知っている美祢も少しだけ怖気づく。
そんな美祢に片桐の薄ら笑いが向けられる。
何だやっぱり駄目かと言われているかのようだ。
「……っ! やってやりますよ! けど、絶っっっっ対!! 間違えませんからね」
美祢も何回か経験して知っている。
あのドリンクたちは、絶対に人が飲んではいけないモノが配合されているはず。
そんな訳は無いのに、そう想わされるモノ。
片桐の配慮なのはわかっている。
わかってはいるが、絶対に口にすることはできない。
吠える美祢に、片桐はスタンスを変えずに美祢と対立する構図へ進んでいく。
「それを期待してんのよ。こっちは、新メンバーを知りたいからさ」
さ、始めて?
そんな片桐のゼスチャーに美祢の顔が歪む。
おおよそアイドルがしていい表情ではない。
だが、その表情が本気で嫌がっている美祢を視聴者へと伝えるのだ。
「……本当に聞いてないんだけど!」
マイクに乗るかどうかの小声で、美祢はつぶやく。
音声もそれを見越して、美祢のマイクの音量を上げている。
普段見せない美祢の姿は、全てカメラの前にあった。
矢作智里が美祢の呼び込みで、スタジオの中央にでてくる。
ようやく企画が動きだそうとしていた。
美祢の頑張りと、あいの奮闘。そして大人たちの信頼によって創られた番組。
放送されると、美祢の絶叫の度にSNSのトレンドが動き智里の名前と共に多くの人の眼に入り込む、そんな企画となったのだった。




