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二百八十三話

 花菜の涙の落ち着き、話題を変えるには十分な時間が流れた。

 あいの面会時間は、結構な時間を経過している。

 それでもあいは、病室から出ていく気配もない。

 はなみずき25結成当初、一番反発していた小山あい。何度その関西弁でまくしたてられたか、花菜も覚えてはいない。

 だが、スカウト組で一番最初に打ち解けたのもあいだった。

 リーダーという立場が作り上げた関係かもしれない。

 今の花菜を形成するうえで重要な人物であることは、花菜も自覚している。

「……ねえ? あいリー?」

「なに?」

 さっきのいつものやり取り。

 いつもなら受け流して、遥か彼方の海をさまよっている日常の言葉。

 それが、今日はどうにも花菜の心から離れない。

 いつまでもそこで漂っている。


 ジクジクと痛む膝が、そうさせるのか? 花菜は聞いてしまう。

 花菜の中のあいが即答するような質問を。

「今でもアイドル辞めたいの?」

 しかし、実際のあいは少しだけ悩むようなそぶりを見せる。

「ん~、どうなんやろな。辞めたいって言うより、その先のこと考えなくっちゃいけない歳になったからな」

 花菜が想定していた答えとは違う答えが返ってきた。

 以前なら即答でやめたいと言っていたはずなのに。

 あいが少なくともアイドルを積極的に辞めたいわけではないように聞こえる。

 そして、その感想は答えたあいも衝撃だった。

 いつのころからか、うっすらと自覚していたことが頭に鮮烈に浮かび上がる。


 自分には役者は向いていない。

 全くできないわけではない。それこそアイドルがやる演技の中では優秀だと自認すらしている。

 だが元メンバーの夢乃、そして現メンバーの美祢の演技を見て、自分は違うのだと思ってしまった。

 あいは夢乃に曲中の感情表現をどうしろと言われた記憶がない。

 それどころか、夢乃がメンバーにそんなことを要求するところを見たことがない。

 夢乃から見て、美祢は特別だったのだろう。

 自分の言葉を理解できる唯一のメンバー。そして役者としての自分を押し上げるのに、不可欠なメンバーだとわかっていたから。

 そういう意味では、あい役者向きではなかった。

 あいもどこか自覚していたのだろう。

 花菜との勝ち負けをどこに求めるか? あいは冠番組での活躍に求めた。

 バラエティー番組にも呼ばれ、演者からもスタッフからも『今日はありがとう! またお願いできるるかな!?』と声をかけられたことが、何よりうれしかった。

 アイドルだからという面もある。それでも求められた現場に行くのが嬉しかった。

 だが、アイドルをしていられる期間は短い。

 はなみずき25でも成人メンバーともなれば、先の人生を考えなくてはいけない。

 芸能系に残るなら、自分は役者ではなくタレントとしてバラエティー番組を渡り歩くポディションでいたいと考えるようになっていた。

 きっとそれは、役者をやるよりも高い要求を求められる場面もあるだろう。

 けれど、その山が高いと思えるからこそ挑もうとする場合もある。

 消去法ではなく、自分の一番星を目指すために。


 だけれども、今それを口にするほどあいも非道ではない。

 辞めるなら辞められる状況ではある。

 こんな花菜を置いてでも行ける。

 しかし、その選択ができない。するわけにはいかない。

 後輩ができてしまった。

 自覚も何も無いのに、後輩がいる。

 あいは焦った。自分には何も見せる背中がない。

 せめて、何かを残せると胸を張れるようになるまでは、アイドルを続けようと変わっていた。

 そして、それは花菜も同じだろう。

「あんたはどうすんの?」

「え、続けるよ? アイドル」

 そう答えた花菜は、あいを何を当然なことを聞いているんだ? といった目を向けている。

 彼女にとってアイドルが最優先なのは、周知の事実。

 足を怪我したくらいで、進退を考えるはずもない。

 そう、あいと出会た頃から何も変わらない高尾花菜という少女。

 彼女は生粋のアイドルなのだ。

 それが変らないという事実は、あいにとって何よりもうれしい事実だった。


 安心したあいは、ようやく軽口を口にできる精神状態に落ち着いた。

 だからだろうか?

 いつもなら言わないよう心掛けていた言葉を口にしてしまう。

「親友と先生取り合ってるのに?」

「なんだ、知ってるんだ」

 一瞬、あいの表情に失敗が浮かぶ。

 こんな状況で、しかも個室とは言えだれがいつ入ってくるかわからない病室で。

 だが、それを受ける花菜はあっけらかんとした表情のままだ。

 慌てて否定もせず、その事実がバレていることに少しだけ頬を染める。

 アイドルとして致命的ともなりかねないことを、こんなに簡単にさらす花菜を少しだけ怒る。

 少なくとも美祢は、隠すために即座に否定するぐらいの努力はしているから。

「知らないと思ってんの、あんたらだけやからな?」

 例えバレているとしても、言い訳の余裕を持たさないと後々大変だということを自覚させないといけない。

 あいの意識が、一個人からアイドルグループのリーダーへと移行する。

「そんなわかりやすいかな?」

「わかりやすい。なんせ、うちらはアイドルだから」

 同じグループにいるんだから当然。あいはそう考える。

 逆に言えば、普段を知る人物なら極めて分かりやすいということだ。

 自分達はアイドルなんだから、そこは自覚するようにと花菜に言い聞かせる。

「そうだよね。……」

「なんやねん」

「あいリー。本当にごめん」

 流石に反省したのかと思ったが、それだけではないようだ。

 花菜の眼にまた涙が浮かんでいる。

 仕事で迷惑をかけるとでも思っているのだろうか?

 そんなことなんでもないというのに。

「ま、あんたは仕事しすぎやし。ちょうどよかったんちゃう?」

「……」

 優しくかけた言葉が、当事者を傷つけることもある。

 あいのやさしさは、花菜の涙腺を刺激してしまう。

「とにかくゆっくり休み? な?」

「うん」

 顔を伏せた花菜。

 もういい加減フォローのしようがないと困ってしまうあいは、努めていつも通りの芝居をはじめる。

「まあ! そない長くは待ってられへんから、それなりに急いでな!」

「どっちよ?」

 花菜はあいにツッコミながら、笑ってしまう。

 涙は流れてしまったが、それでも声は笑うことができていた。

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