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二百八十一話

 美祢とかすみそう25がミュージックビデオの撮影に入ったころ、本多が一人残るレッスン場を訪れる人物がいた。

「お疲れ様です」

「お疲れ……って、高尾。今日学校は?」

「自主休校」

 花菜が悪びれもせず本多に答える。しかしその表情が明るいものかと言えばそうではない。

「サボりか。あの学校は芸能人だろうと関係なく落第させるから気を付けろよ」

「わかってる」

 花菜は固い表情のまま本多の前を通り過ぎる。

 髪を一つに結んだ花菜。

 花菜がどうしてこの時間に来たのか、本多には予想がついていた。

 新曲のセンターにはなったものの、そのシングルの顔は美祢に奪われた。

 花菜にはそれが納得できないのだろう。

 はなみずき25の結成当時は、とにかく荒れていた。

 スカウトされた花菜が、アイドル以外はやらないと言い出したことが原因だ。

 モデルを経て女優を目指す者、小さな舞台からでも女優に拘りたい者とアイドルなんて眼中にすらなかったスカウト組をどうにか説き伏せてグループを結成したものの、グループ間の花菜への当たりは非常に強かった。

 

 そんなスカウト班だけでは無理だと判断され、オーディションによるメンバーを集めた。

 何と言っても賀來村美祢の加入は、花菜にとって大きな助けになっただろう。

 メンバーの中で孤立しやすい立場の花菜を無条件で味方になる美祢の姿。

 美祢の背中に守られながら、どうにかデビューまで決定的な分裂もなくこぎつけた。

 その頃から、花菜の背中には自信が宿り始めた。

 乗り気じゃないスカウト組もステージに慣れないオーディション組も一人で引っ張り、多くのカメラの前まで連れていったのは間違いなく花菜の力だ。

 花菜の立ち姿に誰もが目を惹かれ、そのパフォーマンスで釘付けにした。

 圧倒的な存在感。誰の目にも映る全力感。

 はなみずき25は、間違いなく花菜のグループだった。

 そして、その意識は花菜自身にも間違いなくあったのだ。

 自分が始めたグループ。自分のわがままで始まったグループ。

 巻き込んだメンバーに無駄骨だと思わせないつもりで、今日までやってきた。

 だが、今のはなみずき25は、花菜だけのけん引力だけではない。

 美祢という存在の大きさ。

 かすみそう25を姉グループと肩を並べるくらいまで引き上げたその剛腕。

 それがいつの間にか、はなみずき25でも期待されている。

 誰も口にしない、そんな空気を花菜はひしひしと感じていた。

 

 自分と同じ男性を好きになった幼馴染。

 自分の憧れた姿かたちを持つ少女。

 かつては、姉妹とまで言われた自分の片割れのような存在。

 だからこそ美祢のとなり、いや、美祢の後ろにいるわけにはいられなかった。

 例え一つのシングルでも、ただの一曲でも。

 美祢と並ぶことは自分が許せない。

 美祢が踊った『花散る頃』。後から確認しても花菜以上の完成度だった。

 自分の様にターンに集中せずに、観衆に向けるパフォーマンスにまで昇華している。

 花菜は何度も美祢に負けたと思わされてきた。

 だが、アイドルとしては、この分野だけは負けないと意気込んでいたのだ。

 しかし、気が付けばいつの間にかとなりに居る美祢。

 Wセンターとして、美祢との比較されるだろう。

 美祢と一緒のポディションだからこそ、そのアイドル性を比べられるだろう。

 負けられない、負けるわけにはいかない。

 誰よりも近い存在だからこそ、美祢だからこそ負けてしまうわけにはいかない。


 鏡の前に立つ花菜。

 その表情は誰が見ても険しい。

 知らない人が見たら、花菜をアイドルだと思う者はいないだろう。

 音楽を流し、短く息を吐きだしてステップを刻みだす。


 本多は遠くに花菜のステップを聞きながら、少しだけ感傷に浸っていた。

 はなみずき25の結成当初から今まで。

 色々なことがあった。大いにもめた。

 スカウト組は花菜と顔を合わせるだけで喧嘩になったこともあった。

 だが、もうこれ以上彼女たちとの思い出が増えることはない。

 正確には、同じ目線でモノづくりをする思い出は、これ以上増えることはない。

 後悔も少なくはない。それでも辞めると決めてから、後悔が増えることもない。

 なら上等だ。上等なダンス人生だった。


「ん?」

 一瞬、聞こえてくる花菜のステップがいつもと違う気がした。

 何が違うのか? そう問われても言語にするのは難しい。

 聞き慣れたメンバーの音だからこそ、覚える違和感。

 不安で本多の心臓が跳ねる。

 続くステップの音が、どうしても不協和音に聞こえてしまう。

 不安に駆られた本多が、そんなわけが無いと自分に言い聞かせながらゆっくりと歩き出す。

 思えば、振り付けを渡した時から不安はあったのだろう。

 それを伝えもしたが、どこかで見逃がしてきたのだ。

 そこまで無茶をするわけが無いと、高をくくっていたのだ。

 レッスン場を覗く本多の眼に、花菜が映る。

 やはりどこかおかしい。

 どこだ? これという決定的な違和感はない。

 だが、聞こえる音と目に写る姿。

 おかしい。

 本多の眼が、鏡に映る花菜を捉えるとその違和感の正体がわかる。

 花菜の顔が苦痛に歪んでいる。

 いつもは楽し気に踊る花菜の顔が。

「おい、高……」

 本多が不意に声をかける。

 花菜はそれに反応したかのように、本多のほうを向く。

 いや、あのターンをしただけだ。

 本多の視線には、再び鏡に向かおうとする花菜の視線が映る。

 そして、本多の視界から花菜が消える。

 バタン!

 何の音なのか、本多にはわからなかった。

 そして倒れた花菜を見て、本多は走り出した。


 花菜は膝を抱えて、うずくまっている。

 苦痛に声も出せないほど、顔を歪ませている。

 倒れた瞬間、花菜には本多に聞こえない別の音が聞こえていた。

 のちに、花菜本人が絶望の音だと語る膝から聞こえた、ブチ!! っという音。

 それは激しい痛みとなり、花菜に異常を伝えてくる。

「高尾、高尾!! おい、大丈夫か? 高尾!!!」

 うっすらと本多の声が花菜の耳に届く。

 だが、それに反応できる状態ではなかった。

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