二十八話
「え~! なんで美味しいんですかぁ~。なんか嫌です」
「まずいよりはいいでしょうに」
主は苦笑いを浮かべ、夕飯の風景を見ている。
主の合宿の主な仕事は、つぼみのメンバーの観察だ。ありがたいことに、次回のアルバムにまたしても主の小説が特典として付くことが決まっている。そのため主はメンバーの人となりを観察してキャラクターとして落とし込まないといけない。なので、一緒にランニングなどを行い、間近でメンバーを観察している。
ダンスレッスン中は時々ホールに寄って遠くから観察するが、素人の主が参加するのはさすがに邪魔になる。なので、暇な時間を利用し、スタッフに交じってメンバーのために料理を行っているのだが、味は好評なのに納得されない。
「もっと変な味付けかと思いました」
「あのね、一人暮らしの10年選手を甘く見ないでくれる?」
埼木美紅は持ち前の明るさからなのか、主に対して物おじしない。というか、若干ではあるが主を下に見ている節がある。看護師の主自身は日常なので気にしていないが、スタッフの中には冷や汗を流してこの風景を見ている人もいる。
ちなみに、美祢もその一人だ。
美祢は顔には出さないが、美紅の振舞いがちょっとだけ面白くない。
自分の推している作家が、軽く扱われるのが面白く感じていない。しかし、ライトノベルに興味のない人間ならこんなものかもしれないとも思う。が、安本の仕事の依頼で来ている人間にその態度はどうだろうかと思うのである。
だが、美祢の心配とは裏腹に美紅が軽い扱いをすると、メンバーも主がいることを受け入れむしろ歓迎しているかのような態度になる。
どうにもそれが納得できないし、それをありがたがっているような態度の主に対してもモヤモヤしてしまう美祢がいた。
夜中、美祢はモヤモヤを消し去るために、一人ホールの鏡に向かって踊り続ける。
「え? まだやってるの?」
突然美祢に声がかかる。
「……先生」
主がホールの入り口から中を覗き、美祢を見つけた。
時計を確認すれば、もう寝静まっていてもおかしくない時間だ。
「まだ起きてたんだ。明日大丈夫?」
「大丈夫です」
汗にまみれた顔をタオルで隠しながら美祢が答える。
美祢が周りを確認すると、スタッフはおらず主一人のようだ。
「先生は、何してたんですか?」
「ああ、これ」
二本の指を口に近づけるジェスチャーが返ってくる。
「それにしてもみんなすごいね。ダンスってよくわからないから踊れる人って尊敬するよ」
「まだまだですよ。スカウト組に比べれば」
美祢は顔が暗くなっているのが分かった。未だにスカウト組に対する劣等感を払拭できないでいた。
「えー! 俺からしたら『結び目』さんも十分凄いけど」
賀來村や美祢ではない名前で呼ばれるのが、ちょっとだけうれしいが少しだけたまモヤモヤが顔を上げる。
「わたしはすごくないですよ。前にも言ったけどみんながアイドルだからアイドルできてるだけですし」
「じゃあ、つぼみのメンバーはどうなんだろうね」
「え?」
美祢は主が言っている意味がわからなかった。
「ん~、少なくとも君がいたからつぼみのメンバーが集まったわけじゃない? 君が一応アイドル程度なら彼女たちはアイドル未満?」
「それは……」
「彼女たちを応援してくれたお披露目会に来たファンの人は、いったい何を応援してたんだろうか?」
「……」
「なんてね。過ぎた謙遜は時に人を傷つけてしまうかもしれない。……って説教臭いな。もう年かな?」
美祢は顔を上げることができなかった。
顔を上げてしまえば、今の顔を主に見せてしまえば泣き顔を晒してしまうと確信していたから。
「ちょっと座ろうか? こっちおいで」
「……」
無言で主のとなりに座る美祢。
「話せそうなら聞くよ。聞くのが俺の本業でもあるし」
「……多分泣きますよ?」
「前にも言ったけど泣くのも大切なんだよ」
ぽつりぽつりと美祢は話し始める。アイドルとしての自分、花菜に負けたくない自分。花菜を支えたい自分、ただそれにはまずスカウト組に追い付かないといけないという現実。突如リーダーとしてつぼみを引っ張っていかないといけなくなった戸惑い、美紅という天性の明るさに対する嫉妬。
美祢の中の見たくもない感情があふれ出す。涙と共に。
「……アイドルって何なんでしょうね」
もう何が主語なのか分らなくなり、話しているうちに涙も乾いていた。
「難しいね」
終始あいづちをするだけだった主が、ようやく自分の言葉を話す。
「賀來村美祢の原点のアイドルがその答えを知ってるのかもね」
「え?」
「ほら、誰にでもいると思うんだ。最初に憧れたアイドル。誰だった?」
突如投げかけられた質問に、美祢は頭が真っ白になる。
自分が最初に憧れたアイドル。いただろうか? と。
そして一人の顔が浮かび上がる。
「いました、高橋悠理さん」
その名前は、主にとっても馴染み深い名前だった。




