二百七十九話
はなみずき25の新曲『花散る頃』のセンター振り付けを踊っているのは、もう二人だけ。
高尾花菜と賀來村美祢。
現センターで、はなみずき25の絶対的エースである高尾花菜が、この場にいるのはダンスチームも納得するところだろう。
花菜がターンに出した答えは、中村芽以と同様に回転力を上げるものだった。
芽以との違いは、その体力差。
花菜は元々すべての楽曲パフォーマンスを全力で行えるよう、日ごろから体力増強用のトレーニングを取り入れている。そのお陰もあってグループ内でも運動系のメンバーと認識されている。
ただその努力を知っているのは、一部マネージャーとトレーニングジムのスタッフのみ。
ファンはもちろん、メンバーさえも美祢同様ナチュラルな運動メンだと思われている。
だから花菜が今現在、無茶に見えるプランで踊っていることにも驚くスタッフはいない。
それに対して、美祢のダンスは歴戦のダンスチームをもってしても驚く者がいる。
限りなく本多の答えと同じに見える踊りをしているのだから。
ダンス歴数十年の本多と、まだ17歳の美祢が同じ答えにたどり着いた。
たしかに美祢のここ2、3年の成長は著しい。それでも自分達が師事する本多と同じ技術を再現するという不思議が、美祢のダンスに視線を釘付けにする。
そしてこう思わせるのだ。
「結局、この二人か」
「センター決定ですね」
本多はそんなことを言う弟子たちには、視線も向けずに温度の低い言葉を投げる。
「まだ踊り切ってないだろ」
「は、はい」
本多の言葉に、さっきまでの安堵したような雰囲気は無くなる。
本多は、自分の最後の振り付けだとしても手を抜かない。いや、最後の振り付けだからこそ手を抜かないのかもしれない。
以前本多の言っていた、誰もが冗談だと思っていたあの言葉。踊れないならセンター不在という言葉が、もしかしたら本気なのかもしれない。そう思わせる冷たさだった。
「頼むから、無理だけはしてくれるなよ」
本多は、周囲にわからない程度の声でそうつぶやいた。
本多の本心は、振り付けを踊ることに集中するあまり怪我をすることのないよう祈っているだけだった。
自分の最後の仕事。
そう想い、多少無茶な振り付けをした事は自覚している。
本多は、それをアイドル達への信頼だと自分に思い込ませていた。
自分の身体への負担、今後の活動。その天秤を無視はするまいと。
だが、メンバーの中でも花菜が異常なまでの執着を見せていることに、少しだけ焦りを感じていた。
安本と自分の決めた、『踊れるならセンター』という言葉。
その言葉に、花菜がこれほどまで反応を過剰にするとは思ってもみなかったのだ。
現センターで、これまでのはなみずき25楽曲のすべての表題センターである高尾花菜。
その花菜が、この楽曲に関して見せる執着。
その異常さに、万が一が起こらないことを願うしかなかった。
再三注意してきたはずなのに、それでも執着し続ける花菜に、本多は不安そうな視線を向けている。
少しのほころびでもあったなら、即刻下ろさせるつもりで花菜を見ている。
「ラストのターンきます」
誰かが思わずこぼした言葉に、ダンスチームの緊張が強くなる。
この振り付けの中でも、一番シビアなタイミングで回る最後のターン。
ダンスチームでも、リョウとマサの二人しか踊れない難所中の難所。
そのターンを、まだ10代の二人が見事にやってのけた。
そして二人の両手が広がり、自身の身体を抱きしめると最後の一音が消えていく。
その余韻が、見ているダンスチームの声を奪う。
誰が見ても見事なダンス。
思わず選考会だということを忘れてしまう。
ダンスチームから拍手が起こるのも必然だった。
「よし! 二人ともよく踊った! 高尾頑張ったな」
その中でも本多が一番大きな拍手を送っていた。
そして真っ先に花菜を労わる。
よくぞ無事に踊り切ったと。
「でしょ?」
花菜は疲労を隠す様子もなく、膝に手をつきながら本多に応える。
その顔は、当然だと言うようにアイドルの顔をしている。
なぜこれほど、花菜が入れ込んでいたのかはわからない。
だが、無事であったのならそれでよかった。
本多が安どの表情を見せ、もう一人の完走者へ向かう。
「ああ、賀來村もよく頑張ったな」
美祢をそれほど心配はしていなかった自分に不思議になるが、美祢がセンターを踊っている姿はなぜか納得してしまう本多がいた。
何より、自分のダンスを完璧に踊ったことへの感謝のような気持ちさえ生まれる。
「はい!」
美祢は明るい笑顔を本多に向ける。
それもアイドルの笑顔ではあったが、となりの花菜とはまた違う笑顔だ。
「これで決定だ。Wセンターは高尾と賀來村。賀來村」
「はい」
Wセンターが決まったことをメンバーに伝える。
そして、もう一つ決まったこともある。
「この曲のリードはお前に任せる」
そう、この曲はWセンターではあるがプロモーション活動やライブに際して、いわゆる座長を決めなくていけない。
二人がセンターなのは間違いがない。だが、その活動期間中の顔を決めないといけない。
これまでは、実績や知名度から花菜がやっていた仕事。
それを今回は、美祢に任せると本多は言ったのだ。
「え?」
メンバーは驚きの表情をしている。その中でも花菜が一番驚いている。
それほどの差があったのかと、思わず本多に詰め寄ってしまうほど。
「ボス! なんでっ!?」
そんな花菜に本多は、冷静な言葉をかける。
「高尾、お前にもわかってるだろ」
「……っ!!」
そう、実のところ花菜にもわかっていたのだ。
最後のターンだけではない。
3回のターン全て、花菜が余裕もなく回ることが精一杯の場所で、美祢は先に回り切り表情を置いて次の振りに行っていた。
そうカメラに抜かれる場面で、必要な表情をつくる余裕を設けていた。
自分たちのダンスが、アイドルのパフォーマンスであるという大前提を美祢は忘れていなかった。
時間にしてほんのコンマ何秒か。
それが美祢の出した答えだった。
だが、そのコンマ何秒かを作り出すために、美祢が支払った時間はあまりにも大きい。
だからこそ、本多は美祢にこの楽曲をリードするように言ったのだ。
それを言わてれしまっては、花菜も口を閉ざすしかなかった。
そう意識していないにもかかわらず唇を噛んでしまうほど、本多の言葉は正論だった。
センターが決まると、フロントと二列目、三列目のメンバーはあっという間に決まっていく。
Wセンターと並ぶフロントの二人は、新人の矢作智里と今回奮闘した中村芽以の二人。
二列目の5人、三列目8人。それぞれ今までとは違う場所に配置されたメンバーも多い。
「カップリングもこのフォーメーションでいくぞ」
「はい!」
矢作智里が新規加入し新しい体勢になった、はなみずき25。
それぞれの役割のため、メンバーの表情は引き締まったように見える。
「カップリングはセンター賀來村、フロントは高尾と矢作だ。お前らはこっち来なさい」
そして振付師も変わり、新しい体制となるダンスチームも引き締まった表情でアイドル達を迎えるのだった。




