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二百七十四話

 はなみずき25の新曲制作がメンバーに伝えられると、メンバーはプライベートの時間を削って必死に振り入れを行っていた。

 カップリング曲やユニット曲の振り入れ後。後輩グループのレッスン後など、レッスン場を使える時間があれば、はなみずき25の誰かがレッスン場にいた。

 今までにないほど、メンバーの意欲が向上している。

 それもそのはず、本多の『踊れれば誰でもセンター』という言葉。それがメンバーにとってこれ以上ない魅力を放っているからだ。

 もちろん、その中には現センターの花菜も、そしてようやく専属に復帰した美祢も入っている。

 しかし、肝心の『花散る頃』の振り入れは難航していた。

 誰もが正しく踊れない。

 正確には、センターの振り付けを習得しようとしている全員が、本多の振り付けをまともに踊ることができないでいた。

 確かに足も手も忙しいダンスではある。だが、踊れないという印象が無いのに何故か曲の最後の一音に間に合わないメンバーが続出している。

 期限の一か月、それを待たずしてセンターの振り付けをあきらめるメンバーも出てきた。

 その中の一人。オーディション組の古蔵夏生こくらなつおは早々とリタイアを宣言して後列の振り付けを入れている。

 センターに拘らなければ、他はそこまでの難しさは感じない。

 いつも通りの本多の振り付け。

 時間的な切迫感が無くなり、夏生は清々しい表情でこの日のレッスンを終えようとしていた。


 夏生の眼に入ってくる、年下のメンバーが二人。

 相変らず一緒にいるなぁと、少しだけ微笑ましい。

「花菜、美祢。先上がるね」

 各々のモニターを凝視しながら、真横で踊っている二人の姿。

 いつも通りに見えるその背中に、夏生の声がかかる。

「はーい」

「お疲れ様」

 二人は、その声に反応するが視線はモニターに釘付けのままだ。

 本当にダンスが好きなんだなぁと、夏生は半分呆れながらレッスン場を後にする。

 夏生は気が付いていなかった。

 美祢と花菜がレッスン場に入ってきて、一言もっ喋っていない。いや、視線も合わせないで今まで過ごしていたことに。

 あの互いに互いを親友だと言っていた、はたから見れば姉妹のようなこの二人が。

 そんな異常事態に気が付くことができないほど、メンバーは余裕が無かった。

「……」

「……」

 同じタイミングで立ち上がり、同じカウントで踊り始め、全く同じところでダンスを止める二人。

 まるで、そんなパントマイムでもしているかのように、息はピッタリだった。

 

 そんな偶然が続けば、美祢はどうしても隣の存在を無視できなくなる。

 だが、相手は自分に気が付かないようなそぶり。

 気になってしまえば、そのまま何も声をかけないままではいられない。

 なにせ、美祢と花菜は別に喧嘩をしているわけでもないんだから。

 花菜の表情を盗み見れば、こっちを気にする様子もない。

 これは、自分から声をかけないと、一生そのままのやつだ。

 美祢は、レッスンに身が入らないぐらいならとため息をつきながら花菜に声をかける。

「はぁ。花菜、最近どうしたの?」

「どうしたって、何が?」

 声をかけた美祢のほうを見ずに答える花菜。その声色から別に怒っている様子はない。

 そう言えば、学校の友人の武藤ユミも気にしていたことを思い出す。

「学校でも静かだし。ユミちゃん心配してたよ」

「そう? 普通なんだけどな」

 そう答えると、モニターに縫い付けられていた花菜の眼が正面の鏡を見る。

 かすかに口でリズムを刻んでいる音だけが、美祢の耳に入る。

 おかしい。

 おかしいとは思う。

 だけど同じ人を好きになったもの同士、何度も声をかけるにはそい入れなりの勇気がいる。

 美祢も鏡に向かって踊り始める。


 何度目かの沈黙。

「……」

「……」

 一度沈黙を意識してしまえば、どうにか打開したいと思ってしまうのが人情というモノだろう。

 美祢は努めて明るく花菜に声をかける。

「花菜、最近どうよ?」

「何それ? 急にどうした?」

 ステップを踏みながら、少し冷たい返答が返ってきた。

「いや、何となく」

「変なの」

 アイドル状態の花菜のようにも見える。

 だが、少し。変と言えば変な気もする。

 もう一度、もう一度必要なのかもしれない。

 決意した美祢が、口を開くための話題探しに思考を使い始める。

 もしかしたら、主の話題なら!

 いや、ちょっと待って。それ、私が振っていいのかな?

 喧嘩になるんじゃ?

 いつだかの屋上での出来事を思い出す。

 止めてくれる人は……いなそうだ。

 じゃあ、いったいどんな話題なら……。

 美祢の足が止まってしまう。


「……」

「……美祢」

「何!?」

 不意に花菜から呼ばれて、美祢の鼓動が速くなる。

 花菜相手に、こんな緊張するなんて初めてだ。

 美祢の声が少しだけ上ずる。

「今回あんた、どこ踊るの?」

「フ……ううん。センターだよ」

 一瞬、フロントの画像を手にした自分を思い出してしまう。

 弱気な自分がどうしても捨てきれない美祢。

 だけど、花菜の前では踏ん張らないといけない。

 もう一枚の動画のことを伏せて、センターに志願したことを伝えた。

「踊れるの?」

「わかんない。でも、頑張る。それしかできないし」

 意外そうな花菜の顔が、美祢に向いた。

 だが、それを美祢が認識するより早く花菜の仮面が塗りつぶす。

「そう」

 花菜はタオルを手にすると、美祢の視線から隠れるように頭にかける。

「花菜! 私! 絶対踊ってみせるから! 花菜のとなり!」

 どんな表情をしているのか、美祢には見えない。

 自分に期待していないのかもしれない。

 でも、どうしても伝えなくてはいけない。

 焦り、高揚した美祢は、誰かに聞かれてるかもしれない大きさの声で、花菜に伝える。

 自分のアイドルとしての存在をかけた、その言葉を。


 花菜は驚いた表情をしていた。

 レッスン場とは言え、はなみずき25の活動中にこんなにはっきりとセンターを希望した美祢は見たことがない。

 かすみそう25が、美祢を変えたのか?

 悔しい。

 変っていく親友を、自分は何も知らない。

 悔しさと嫉妬で、花菜はそっけない態度で美祢に背を向ける。

「無理しなくってもいいよ」

「絶対踊る!」

 まだアイドルの時ではなかったころに聞いていた、力強い美祢の声。

 花菜の好きだった、あの頃の美祢の声。

「そう……じゃあ、頑張って」

「花菜?」

 

 花菜は美祢に背を向けたまま、レッスン場から出ていこうとする。

「ちょっと疲れた。収録有るし、先上がる」

「……うん」

 花菜というセンターが背負う重みも、責任も、今の美祢には理解ができた。

 他より短いレッスン時間。

 それでも、誰にも文句が出ないようにパフォーマンスをしないといけない重圧。

「じゃあね」

「花菜!」

 わかってはいるのだが、美祢は花菜を呼び止めずにはいられなかった。

「何?」

「約束だからね! 私は、『花散る頃』で! 必ず花菜と一緒に踊ってみせるから!」

 あなたの背負う何割かでも、自分が背負えるように。

「期待しないで待ってる」

「うん!!! 必ず追いつくから!」

 それが、アイドル賀來村美祢の夢の場所なんだから。

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