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二百七十二話

「あとな、俺はアイドルには2種類あると思ってる」

「……2種類」

「ああ。先ずはそこにいるだけで、笑っているだけで多くの人を魅了する太陽みたいなヤツ。典型的なアイドルタイプだな。うちで言えば、高尾、西村、卒業したが渋谷、埼木、匡成、それと……矢作。それに近いのはあと何人かいるが、まあ、成長待ちだな」

「……そうですね。何となくわかります」

 本多の挙げた名前を聞いて、美祢は納得する。

 確かに彼女たちの笑顔は、魅力的だ。

 自分のように力があるんだと、思い込まなくても力にできてしまう。

 そして、その笑顔は向けていない誰かさえ魅了してしまう。

 まさに、ステージに咲いた花。

 仕立てられた花ではなく、元々花であった笑顔達だ。


「で、努力や陰の部分を見せることで、共感や応援を引き出すタイプ。香山やもも、橋爪とか佐川、あと何人かいるが、賀來村、お前もこっち側だな。太陽の対で月とでも言えばいいかな」

「月……ですか」

 そう言われてしまえば、こちらも納得するしかない。

 自分のアイドルとしてのこれまで。頑張っているんだと言い続けなければ、いや、デビュー当初は、それでも誰にも見てもらえなかった。

「ああ、月ってのは太陽の光で光る。近い太陽が大きければ大きいほど、その輝きを増す」

 確かにそうだ。

 仲間たちが増えて、太陽のように輝く笑顔が増えたからこそ、ようやく自分にも目が向けられた。

 真夏のような、熱い太陽がそばにあったからこそ。

 夜に浮かぶ月を思い出す。

 確かに満月は明るい。

 夜を照らす満月は、これ以上ないほど明るい。

 だが、それは夜を払うほどの明るさではない。

「……でも、太陽そのもの光には勝てない?」

 そう口にする美祢を見て、本多は笑い出す。

 なるほど、こんな顔をするようになったかと。

「ま、普通はそうだな」

「ですよね」

 本多は、美祢の言葉を否定しない。

 どこかで、違うと言ってくれるかもしれないと思っていたのに。

 落ち込んだ様子を隠そうとしない美祢の肩を本多は、グッと起こす。

「だがな、面白いもんでな。大所帯のアイドルグループだと、たまに月の光のほうが強くなることもあるんだ。そうなったらもっと面白いことが起きる」

「それは?」

「熱狂さ」

 ようやく本題だと、本多の顔が崩れていく。

 昔担当していたアイドルグループ。

 そこで起きた月と太陽の逆転現象。

 連日どこに行っても報道陣に囲まれ、連日のように舞い込んでくるCM依頼やドラマ、バラエティー番組への出演。各種週刊誌には、少年誌、青年誌、ヤング系どのジャンルにも必ず誰かが載っていた。

 本人たちが戸惑うほどの熱狂に晒されたアイドルグループ。

 本来月の光には感じることのない、焼かれるほどの熱。

 本多は言う。それこそが熱狂だと。

「……熱狂?」

「ああ! それはそれ恐ろしいぐらいのな」

 懐かしい表情で、誰かを思い出しながら美祢を見る本多の眼は、担当したアイドルが活躍していた姿が映っていた。


 本多の持論では、太陽タイプにそれほどの熱狂を産み出すことはできないらしい。

 本来感じるはずのない、冷たいはずの月の光に熱を感じた人々が、その熱狂を産み出すのだと。

「何でかわかるか?」

「なんで? ……わかりません」

「たぶんな、人は太陽より月を見てた方が長いからなんだ」

「……そうですか?」

 そうだろうか?

 この本多の言葉に納得しかねる顔を隠さず、美祢は本多の見解を待つ。

 本多は美祢の表情を見て、得意げな顔を浮かべる。

「例えばよ、月の満ち欠けには名前があるだろ?」

「十六夜とかですか?」

「そうそう。で、太陽にそういう名前がついてるの知ってるか?」

「知らないです」

 その昔、月は暦そのものだった。

 月の満ち欠けで種を植え、日々の生活の基準であった時代も存在する。

 故に、夜の光源をひたすらに眺め続けた。

 表情があると言われる天体など、月だけだろう。

「だろ? それだけ人が月に関心をもって見てきた証拠なんだよ。太陽はそのものを見ることができないしな」

 月にまつわる神話は、との文明にも欠かせない。

 月の女神と言えば、誰もが絶世の美人を思い浮かべる。

 そして、月を手にしようと伸ばす手は、今後も無くなることは無いだろう。

「だから、人は月の光を認識したら目を離すことができない」

「……」

 本多の言おうとしていることが、今一わからない。

 アイドルの性質が、二つあることはわかる。

 だが、それが抑えきれない熱狂となる意味が分からない。

 本来熱を感じる太陽のほうが、熱狂という言葉と結びつけやすい。

「なんでそれが熱狂と関係あるのかって顔してるな。賀來村、お前ファンタジー作品好きだったよな?」

「ええ、まあ」

「日本の神話も押さえてるか?」

「……? たぶん」

「アメノウズメっているだろ? 芸能の神様」

「はい」

 アメノウズメが天照大神を天岩戸から出すために一計を案じたのは、あまりにも有名な話だ。

 ファンタジーに精通していなくとも、日本で育っていれば一度は耳にしているだろう。

「俺はあの神様こそ月の光そのものだと考える」

「……月の光」

 逸話を考えれば考えるほど、結びつかないと、美祢の顔は思案に落ちていく。

「ああ、天岩戸に閉じこもった天照。日食を意味してるってのは?」

「聞いたことあります」

 月が太陽を覆い隠す天体現象。昼間にやってくる夜。

 それを見た古代人が、神話と結びつけたのが天岩戸という説がある。

 だがその場合、本多の言う月の光は出てくることはない。

 やはり、美祢にはわからないという表情をするしかない。

 そんな美祢を見る本多は、どこか嬉しそうだ。

「皆既日食だと、辺りは薄暗い。たぶんアメノウズメが踊ってたのは、かがり火の中。不安が頭にある観衆を前に踊りだす」

 本多の言葉に、美祢の頭の中が暗くなる。

 そして、どこからか響く手拍子や声による演奏。

 暗がりに映し出されるのは、踊っている女性の姿。

 揺れる炎に照らされた、幻想的なその姿に見惚れる群衆。

 群衆の眼を受けて、表情をつくりながら語り掛けるように踊っているアメノウズメが美祢には見えた。


「次第に、その不安がどっかいって、踊りに盛り上がって興奮し始める。隠れるつもりで隠れたやつが、顔を出すぐらいの盛り上がりってのは、もう熱狂って言っていいだろ?」

「はい」

 本多の言う通り、美祢の頭の中のアメノウズメが熱狂の渦の中心にいる。

 アメノウズメを幻視している美祢の空気が、変わる。

 本多の眼に映る美祢は、ステージに立つアイドルの姿をしている。

 あたりが暗く、それでも光を放ち続ける満月。

 本多の表情が少しだけ暗くなる。

「だから、もし、もしもだ。お前の太陽が陰ることがあるなら、お前は……決してファンの前で泣いちゃいけない」

「……」

 本多の頭に言葉が浮かぶ。

 たぶん月と太陽が並んで光を放つことはない。

 特にこの月は、二人の太陽と互いに影響し合う。

「いいか、これだけは覚えておけ。太陽は必ず上る。だからお前はその太陽のない時間、誰よりも笑って輝け。アメノウズメがしたように」

「……わかりました」

 本多の言葉に、頷く美祢。

 言葉は言霊となり、美祢の心に残り続ける。

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