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二百七十話

 新曲の振り入れの予定されている、かすみそう25のメンバーの前に、本多と不貞腐れ顔のリョウが立っていた。

 本多が引退することは、先日正式に通達されていたメンバー。

 後任はいったい誰だろうか? そんな話題が駆け巡っていたのだが。

 その後任と紹介されたのは、メンバーもよく知る寮母。

 元々本多のチームにいたという話をされても、メンバーは信じることができないでいた。

 しかも、寮母をしていた理由もメンバーに隠さず説明がされて、気のいい寮母の姿がいきなり別のモノに見え始めている。

「……というわけで、俺の後任はリョウがやるから」

「……リョウさん」

 本多の言葉が終わり誰も動こうとしない中、比較的仲のいい上田日南子が神妙な面持ちでリョウへと近づいていく。

「なに」

 何もすべて包み隠さず話さなくてもいいだろうにと、憤っているリョウの態度はいつものリョウとは大違いだ。

 そんな態度を平気でとれる大人に、多くの年少組は本気で引いている。

 そんな空気の中、リョウへと歩み寄る日南子。

 真剣な表情で、リョウを見上げる。

 そして日南子が感じた最大の疑問を、リョウへとぶつける。


「……踊れたんですか」

 日南子の顔は真剣だった。

 本気で踊れるのかどうかを確認している。

 本多からの説明があったのにもかかわらず、リョウへ直接確認する。

 まるでそれが、日南子最大の使命だとでもいうような表情で。

「馬鹿にして! あんたたちより踊れますぅ~!!」

 顔を赤くして抗議するリョウ。そんな姿もメンバーからの視線を冷たくする。

「なのに、寮に引きこもってたんですか?」

「うっ!」

 怒りに震えるリョウへと、新しい疑問が、いや、糾弾が始まった。

 ダンスができる、仕事にできるというのは、特別なものだ。

 同じパフォーマンスをする職業であるアイドル達の視線が、さすがに痛くなってきたリョウ。

 かすみそう25のメンバーは、周りの大人たちからできることは精一杯、やれない事でも全力で。

 そう言われて仕事をしている。

 その姿を見せることで、今やはなみずき25と並ぶほどの応援をもらうことができた。

 だから、出来ることをやらないという姿に、本当に冷めた視線が突き刺さっている。


「仕事しない大人って、初めてみました」

 日南子の後ろから生井江梨香が、冷たい声を出す。

 視線もリョウへと向かってはいないが、床が凍るのではないかと思うぐらい冷たい。

「してたもん! 寮母として!」

 慌てて自分の弁明をはじめるリョウ。

 決して仕事をしていなかったわけではない。

 寮母として、不足なく働いていたではないか。

 それは、あなたたちも知っているでしょう? と、いつものリョウには見られない必死さがあった。

 確かにお世話になっている。

 なってはいるが、それとこれ、関係ありますか?

 そう視線に意思を込めて、福馬初海ふくまはつみがリョウを睨む。

 初海にとって、今回のシングル制作は特別だ。

 自身初の表題曲フロント起用。加えて二期生曲でもフロントと、ようやく日の目を見ようというシングルだ。

 表題曲Wセンターの美祢と智里、そして二期生楽曲センターの生井江梨香ほどではないが、この楽曲の出来には責任の伴う位置にいる。


 そんな大事な曲の制作に、この状態のリョウが加わることに初海の不安と怒りが自然とこもる。

「大人が、失恋して仕事ボイコット……年単位で……?」

 初海は言葉にしても理解ができなかった。

 そんな理由で?

 もちろん、理由の大小など個人差のあることも理解している。

 その上でも理解が及ばない。

 感情に表情が間に合わず、どう表情筋を制御していいものかと混乱さえ見える。

 そんな初海に怯えるように、後ろに下がりながらもリョウが吼える。

「もう! いいじゃない! こうして引き受けたんだから! 怒んないでよ!」

 引き受けた以上は大人として、最大限務める。

 それは知っている。

 だから怒らないで欲しい。

 そう伝えているのだが、初海をはじめメンバーの視線は変わらない。

「メンタル最弱」

 有理香が、遠くからようやく聞こえる程度の強さでつぶやく。

 それが、思いのほか自分に刺さるのが分かった。

 自分でも頭の片隅で思ってはいたのだ。

 こんなに恋を引きずる男だったのかと。

 だがそれを年下の、それも高校生になったばかりの有理香に言われるとは思ってもみなかった。

 恋も知らないような顔しているくせに!

 刺さりまくったクリティカルに、リョウはどうにか引け目以外の感情を引き出す。

「ねえ! ジジイ、こいつらヒドイ!」

「かばってやれなくって……すまないな」

 即座に本多に謝られてしまい、一瞬思考がフリーズしてしまう。

 本多の顔は、少しだけ笑っていた。

 手を焼いた部下がアイドル達の言葉にたじろいでいる姿は、それはもう面白いとしか言いようがなかった。

 むしろ、もっと言ってやれとメンバーを応援さえしていた。

 本多の顔に気が付くと、お前も仲間かとリョウは本多さえもにらむ。

「ジジイもヒドイ!」

 そんなリョウの視線を軽くいなして、本多はリョウへの仕事内容と振り付け担当紹介を手早く済ませてしまう。

「じゃあ、二期生の曲。こいつが振り付け担当するから」

「えぇ~!!」

 不満だ。不満の声しかなかった。

 普段大人に感情を見せようとしないメンバーまで、不満を隠そうとしない。

 満場一致の不満がそこにあった。

 リョウの中で、何かが切れる音がする。

 そうか、あんた達がそういう態度なら、こっちだって容赦はしないから!

 リョウは二期生に宣戦布告するつもりで宣言する。

「あったまキタ! 一曲で倒れるくらいハードな振りにしてやるから!」

 指を突きつけられた二期生も、受けて立つと言った表情で対峙している。


 別れという悲しさや辛さ、それを乗り越えないと得られない未来。

 それがどういうモノなのか、まだわからない。

 だが、明るい未来があると信じて。辛いというその気持ちもいずれ自分を成長させると信じて。

 未来という、いつ到達できるかわからない場所に走り出す姿を描いた、かすみそう25の二期生メンバーによる楽曲『未来あしたが辛いものだって、いったい誰が決めたんだろう』。

 発表後から話題に上がり、毎年の卒業シーズンにも度々話題に上がる様になる、かすみそう25の屈指の名曲。

 美祢や智里だけではなくファンにも向けた応援歌的な楽曲として、愛されるようになる楽曲。

 その楽曲は、こんな空気で制作が始まったのだった。

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